漁師が全力で「働き方改革」をしたら…収入が増えて勤務時間が半減した 30代の夫妻が見いだした、環境に優しくて持続可能な漁業
その結果、操業時間は半分以下の6時間ほどになり、ワークライフバランスが劇的に改善。水揚げ量は3分の1に減ったものの、売り上げは2倍以上に増えた。 直販スタイルのため、業者の中間マージンが発生しない。時短で燃料代や漁具修繕費を削減できたのもプラスに働いた。何より、3人の子どもと過ごす時間が増えて家族の絆が深まった、と美保さんは言う。「いつもイライラしていた夫に笑顔が増えた。子どもたちも喜んでいる」 乱獲防止、原油価格の高騰対策、脱炭素。初めは想像もしていなかった副産物があり、富永さん夫妻は、完全受注漁こそが「漁師が直面する問題の解決の糸口になる」と感じている。その先の目標は、子どもの将来の夢ランキングで漁師が1位になること。夢物語と思いきや、そうではないという。 ▽世界の常識 邦彦さんがこんな説明をしてくれた。 「ノルウェーでは実際に、将来の夢ランキングで漁師が1位になったことがあるそうなんです」。ノルウェーは水産大国だ。1970年代に乱獲で資源が減少し、国を挙げて漁獲規制の徹底を図った結果、資源量が回復し、安定的に保てるようになった。また、漁船ごとに漁獲量の上限を定める方式を採ったため、他の漁師との過剰な競争が不要に。魚の価値が高いときに計画的に取るため、高値で売れる。ノルウェーでは今、「稼げる職業」として認識されているというのだ。
世界的にも漁業は「成長産業」。邦彦さんによると、日本ではまだ「需要に関係なく、たくさん取ったもの勝ち」という考えが強く、魚が減ったと言われるが、漁獲規制を進めた諸外国ではむしろ増えているという。 水産資源管理に詳しい東京海洋大の勝川俊雄准教授によると、日本も1997年から魚種ごとに「漁獲可能量(TAC)」を設けている。ただ、「頑張っても取り切れない量に設定されていて、何の意味もない」。しかも、TACを設けた魚種は現状8種のみ。国は漁業法を改正し、2023年度までに漁獲量全体の約8割をカバーできる23種まで増やす案を示したが、漁業関係者からさまざまな意見が出ており、追加に至っていない。 これまで邦彦さんが後継者不足や不漁の問題について先輩漁師と話すと、こう返された。「国が変わらなければどうしようもない」 だが、完全受注漁を始めて感じたのは正反対のことだ。「国が変わらなくても個人から、地方から変えられる」。SNSの発信に力を入れると、高校生から「受注漁がしたい」とメッセージが届いたり、漁師になりたいという小学生がお母さんと見学に来てくれたりした。そんな反響に力をもらい、輪の広がりも感じている。