漁師が全力で「働き方改革」をしたら…収入が増えて勤務時間が半減した 30代の夫妻が見いだした、環境に優しくて持続可能な漁業
分けてもらった魚は富永さん夫妻が「買い取る」形で、先輩に収益が入る。SNSやインターネットに不慣れな先輩方にとって、夫妻の完全受注漁はまねできないが、「それなら自分たちが代わりに販売すればいい」。漁師みんなにとって、より良い形だ。 着岸した邦美丸には美保さんが乗り込んだ。魚の血抜きや梱包を、2人でてきぱきとこなす。美保さんは箱のふたの裏に、注文者へのメッセージを書き込んでいく。「これは受験前のお子さんが定期テストを終え、ゆっくり家族で食事するというお客さま用。直接コミュニケーションが取れて楽しい」 ▽過酷な労働環境 大阪出身の邦彦さんは、もともと会社員。漁師の家に生まれた美保さんとの結婚を機に2008年、漁師に転身した。「海は男のロマン」と勇んで入った道だったが、現実は厳しかった。 操業時間は毎日約14時間。漁が終わっても、市場への出荷作業にも追われる。休日も漁具の修繕などに時間を取られ、自宅で寝るだけの日々。天候や魚の市場価格に左右され、収入も不安があった。疲れ果て、漁師を辞めて別の仕事をした時期もあったが、初心を思い返した。
「漁師になるために岡山に来たんじゃなかったのか」 やるからには悪循環を断ち切りたい。これまで通り市場への出荷を続けながら、まず取り組んだのが、個人や飲食店向けに直販できるECサイトでの受注販売だった。これだと魚価を漁師自ら設定できるため、収入が増えると見込んだ。ただ、これまでより仕事量が増えることになり、さらに長時間労働になってしまった。 先輩漁師からは嘆きも聞こえてくる。 「こんなにしんどい仕事、子どもに継がせたくない」 漁業はかつて、花形だった。農林水産省の報告書によると、漁業の就業者は1961年に約70万人。しかし、その後は減少傾向が続き、2021年は約13万人まで減った。高齢化も進む。 邦彦さんと美保さんは現状に危機感を抱いた。「若い人が継がなければ、そのうち食卓から魚が消えてしまう」。考え抜いてたどり着いたのが、注文を受けた分だけ取って客に直売する完全受注漁。2022年からは市場への出荷をやめ、受注漁に一本化した。