歴史と文化を受け継ぐライブハウス、夜を彩るブルースとジャズの老舗【シカゴ音楽旅行記Vol.1】
夜はまだまだ終わらない、ブルースとジャズの老舗へ
Lincoln Hallでのライブが終わる頃には22時を過ぎていたが、夜はまだまだ終わらない。シカゴ美術館の客員講師で、今回アテンドしてくださった斉藤博子さんから「音楽の取材なら絶対に行かなきゃ!」と強く推薦されたKingston Minesへ直行する。Lincoln Hallからはたったの徒歩6分。このハシゴがまた楽しかった。 南部ミシシッピのデルタ地帯で誕生したブルースは、シカゴでエレクトリック・ギターとバンド・スタイルを導入することで新たな命を吹き込んだ。1940年代後半から続くシカゴ・ブルースの伝統は今も受け継がれており、バディ・ガイが経営するBuddy Guy’s Legends、Rosa’s Loungeといったクラブで連日セッションが繰り広げられている。 Kingston Minesは1968年に開業したシカゴ最古にして最大規模のブルース・クラブ。2つあるステージでバンドが交互に、ノンストップで午前3時過ぎまで演奏する。奥行きのある会場はほぼ満席。ステージ間近で演奏を浴びる人もいれば、テーブル席で食事や会話を楽しむ人もいて、壁に貼られたブルース・レジェンドの肖像にも老舗の矜持を感じる。 メインステージでは、リコ・マクファーランド率いるバンドが演奏していた。1960年生まれのセッションギタリストで、ブルース/ソウルのビッグネームとも共演してきた名脇役が、この日は自分が主役とばかりに図太いトーンで弾きまくる。スラップベースや鍵盤のソロ回しもすこぶるファンキーで、フジロックのFIELD OF HEAVENに出たら一発で人気者になれそうだ。 彼らに続いてサブステージへ登場したのは、現在25歳のジョー・ドイルがリーダーを務める若いバンド。ジャミロクワイのTシャツを着たベーシストも交えて、濃厚なブルースをジャムってみせる。ここはミュージシャンにとってのギルドであり養成所でもあるのだろう。単なる同業者の溜まり場であるだけでなく、憩いの場として市民に愛されているのは、長い時間をかけてブルースの伝統を根付かせてきたからこその光景だ。フードやドリンクも充実しており、マルガリータが美味だった。 ナイトクラブといえばもう一軒、忘れられない場所がある。Andy’s、Winter’s Jazz Club、Jazz Showcaseといった定番の老舗や、アバンギャルドの拠点Constellationも気になるなか、どうしても行ってみたかったジャズクラブがGreen Mill。かつてビリー・ホリデイも出演した1907年開業の老舗は、緑とゴールドのネオンからして雰囲気が別格だ。 シカゴはジャズの聖地でもある。1920年代、ニューオーリンズから移住してきたルイ・アームストロングらがこの街独自のスタイルを確立したことに加えて、禁酒法時代に暗躍したアル・カポネが、「スピーク・イージー」と呼ばれた秘密酒場で黒人ミュージシャンに演奏させてきたことも普及につながった。100年前にジャズを愛したカポネが入り浸り、ギャングの隠れ家として繁盛したのが、他ならぬGreen Mill。その名はパリのムーラン・ルージュ(英語でRed Mill)をもじったもので、レトロな内装には「黄金の20年代」が今も息づく。 筆者のお目当ては、1998年から毎週木曜に出演しているアラン・グレシック・スウィング・オーケストラ。アランは1930年代のビッグバンド・スタイルを蘇らせる筋金入りの研究家で、ダンスミュージックとしてのスウィング・ジャズを大編成で奏でている。YouTube越しにも多幸感は伝わっていたが、生で味わうのは想像を上回る感動体験だった。 木曜の深夜にもかかわらず店内は大賑わい。オールドタイミーな演奏で老若男女が踊り(若者の多さ!)、至福の演奏をBGMにカウンターやテーブル席で語らい合う。入場料は破格の10ドル(現金払いのみ)。一杯引っかけながら音楽を満喫するにはこの上ない環境だし、こんなふうに古い音楽を楽しめるのは羨ましい限りだ。しかも、Aragon Ballroom(キャパ5000人、2024年にAdoが出演)、The Riviera Theatreという大型ヴェニューが徒歩2分圏内にあり、ライブ帰りのいきつけとなっているのも想像に難くない。 ちなみにGreen Millには、かつてシカゴ音響派の周辺にいたロブ・マズレクやジェフ・パーカー、現代のシカゴを象徴するジャズドラマーのマカヤ・マグレイヴンも過去に出演している。時空を超えた彼らの音楽観は、この店が育んできた歴史とも少なからず繋がっているのだろう。 --- ※【シカゴ音楽旅行記】は全4記事、続きはRolling Stone Japanのウェブに掲載 Vol.1:歴史と文化を受け継ぐライブハウス、夜を彩るブルースとジャズの老舗(※本ページ) Vol.2:パンク愛から生まれた「遊園地みたいな」音楽フェス・Riot Fest Vol.3:ストーンズも憧れたブルースの聖地、チェス・レコード訪問記 Vol.4:必ず行きたいグルメと観光、音楽ファンを魅了するおすすめホテル ※取材協力:ブランドUSA、シカゴ観光局
Toshiya Oguma