歴史と文化を受け継ぐライブハウス、夜を彩るブルースとジャズの老舗【シカゴ音楽旅行記Vol.1】
労働者の歴史に根ざしたパブと最新ヴェニュー
次のヴェニューへ移動する前に、シカゴで1988年に創業した米国クラフトビールのパイオニア、Goose Islandの醸造所を併設したパブレストラン「Goose Island Salt Shed Pub」に立ち寄った。ガチョウ(Goose)をトレードマークとする同ブランドは、こだわりのホップを自家農場で栽培し、世界で初めてワイン樽を使った熟成方法を導入するなど、革新性を追求しながら最高のビールを生み出し続けている。 パブには屋内席と屋外席があり、後者に座ればシカゴ川沿いのスカイラインを一望しながら食事を楽しめる。この街の市外局番から名付けられた「312」は、爽やかなのにコクのある味わい。料理もビールとの相性抜群で、ライブ前後の一杯にもうってつけだ。 パブから徒歩1分の距離にある新興ヴェニューThe Salt Shedも要注目。シカゴ創立の塩会社モートンソルトが所有していた、地元のシンボルでもある倉庫を改装した2022年オープンの複合施設で、2箇所あるコンサートスペースは屋内「THE SHED」に3600人、屋外「FAIRGROUNDS」に5000人を収容可能。直近ではPJハーヴェイやジンジャー・ルートなどが出演し、ダンス・ミュージック系の大箱としても活用されているようだ。 シカゴには上述のMetro然り、歴史的建造物を改修した施設がいくつもある。どんどん更地にして新しいものを建てるのではなく、先人が残した遺産を保存/再活用し、未来のカルチャーを過去という土台のうえに築き上げていく。そこから生まれる豊かさを滞在中、何度も目の当たりにした。
「オーディエンス・ファースト」の理想的なライブハウス
続いて訪れたLincoln Hallもまた、文化遺産を再活用する「アダプティブ・リユース」によって生まれたライブハウス。もともとは草の根を支える小規模ヴェニュー、Schubas Tavernの元オーナーが設立した姉妹店で、現在はどちらも音楽/動画配信プラットフォームのAudiotreeが経営している。キャパは500人。昨年、新しい学校のリーダーズが出演したときはチケットがすぐに完売したそうだ。 1912年竣工の映画館を作り替えただけあり、1階のフロアは傾斜や段差があって後方からでもステージが観やすく、音響面も迫力満点だ。1階のロビーとフロア、2階の3箇所にバーがあり、椅子席もある2階バルコニーは見晴らし良好。成り立ちや規模感は渋谷のWWWと少し近いが、ゆとりと「逃げ場」のあるレイアウトが窮屈さを感じさせない。オーディエンス・ファーストの丁寧な設計に、音楽文化の厚みを感じずにいられなかった。 この夜、出演したのはM・ウォード。ズーイー・デシャネルとのデュオ、She & Himでも知られる1973年生まれのシンガーソングライターで、9月にベストアルバム『For Beginners』を発表したばかりだ。渋さとナイーブさを兼ね備えた歌声、フォーキーな演奏は円熟の境地に。決して派手なタイプではないが、長年のインディーロック好きであろう観客たちに囲まれながら、彼のような実力者をLincoln Hallで観るのは贅沢な体験だった。本音を言えば、こんなライブハウスが日本にもほしい。