ドライバーに生きている実感を与えてくれる車|アルピーヌA110の魔力【後編】
この記事は「間違ってもA110を『ルノー』などとは呼んではいけない」|アルピーヌA110の魔力【前編】の続きです。 【画像】かつての戦場、WRCポルトガルのステージで本領を発揮するアルピーヌA110(写真5点) ーーーーー ●A110の成功 A110は負けることの方が少なかったため、ルノーはアルピーヌとの関係から多くを得た。ジャン・クロード・アンドリューは、ワークスドライバーとして1970年の欧州ラリー選手権を制覇。翌シーズンのモンテカルロでは、オベ・アンダーソンとデビッド・ストーンをトップに1-2-3フィニッシュを果たした。アルピーヌは2年後にこの偉業を再現し、アンドリューとコ・ドライバーのミシェル・エスピノシープチ(通称「ビシュ」) が新設された世界ラリー選手権の開幕戦で優勝を飾った。フランス・ディエップの誇るA110は、ポルシェやランチアの強豪を打ち負かし、1973年のマニュファクチャラーズタイトルを獲得。同年、ルノーはアルピーヌが発行する株式の55%を取得した。 フランスにおける国内戦線では、A110がタイトルを獲得することはほぽ既定路線だった。ジャン・ピエール・ニコラ、ベルナール・ダルニッシュ、ジャン・リュック・テリエがそれぞれ1971年から73年にかけてドライバーズタイトルを獲得。今回試乗したマシンは事実上グループ4仕様のテストカーとして使用されたワークスマシンで、テストやレッキ、そしてなんとアイスレーシングにも参戦利益がある。また、競技歴には1973年にダルニッシュがロンド・ド・セール・シュヴァリエとロンド・ド・イヴェルナル・ド・シャモニーで収めた勝利が含まれている。 ●A110を着る 写真ではスケール感が伝わりにくいが、A110は実に小さい。デザインはロジェ・プリウールの指揮のもと、フィリップシャルルがミケロッティが手掛けたA108から進化させたものだ。目的に適っていながらも美しく、丸みを帯びた側面に走るんだプレスライン、リアのエアスクープはキャブレターとオイルクーラーに冷気を送り、クロームストライプが装飾的な華やかさを添えている。さらに、シビエ製のスポットライトや、ワークスカー特有の大きな給油口カバーも特徴的だ。 ただし、この車は乗降性には優れていない。低いルーフラインと幅広いシルのせいで、頭をぶつけるのはほぼ避けられない。そしてロールケージの存在もある。細身の人向けのバケットシートに苦労して乗り込むと、室内は狭苦しいというより親密な感じがする。そして、ペダルが極端にオフセットしているため、ドライビングポジションは身体を歪ませる雰囲気になる。もはや滑稽さに笑みがこぼれるほど。ペダルは実質的に助手席のフットウェルにあるので、いっそのこと腰と膝を曲げなくて済むようシートを内側に傾けて欲しいくらいだ。しかし一度乗り込んでしまえば、もはやどうすることもできない。順応するしかないのだ。せめてもの救いは意外にも頭上空間が確保されており、視界も優れていることかもしれない。 ドライバーの前方には、大きなイェーガーの計器類がんでいる。室内には「贅沢」を感じさせるものがないばかりか、基本的な快適装備さえ欠如しており、この車が純粋な競技用ツールであることを物語っている。イグニッションキルスイッチを「オン」の位置に切り替えスターターを作動させると、排気量僅か1.6リッターの4気筒エンジンが音とともに息を吹き返す。その音からは、ルノー16のエンジンであることを微塵にも感じさせない。いわゆる直管マフラーで、ウェバー製キャブレターが”ゴボゴボ”と音をたてる。ほとんど反社会的な騒音が、快感でもある。 工場地帯から平日のリスボンの混みあった道路へと繰り出されたA110は、決して上機嫌とは言えない。競技用クラッチは、繋がるか繋がらないかのどちらかで、”滑る”余地はない。アクセルペダルを踏み込むと瞬時に回転数が跳ね上がり、グニャグニャしたギアレバーはゴリゴリとした感触と共に1速に入る。 しかし、エンジンの応答性に良好だ。停止と発進を繰り返す市街地を抜け出すと、A110の機嫌がすこぶる改善する。シフトレバーにはスプリングによる負荷がないため慣れるまでに時間がかかるが、ギアを上げていくと変速の感触は格段に良くなる。シフトダウン時のブリッピングは「推奨」ではなく「必須」だ。高速道路に入りA110を満喫し始めると、ギア比が低いことにすぐ気づく。ターマック用にセットアップされた足回りはたしかに硬めで路面状況を正確に感じ取ることができるが、四凸な轍に影響を受けることはない。 ついにラゴア・アズールに到着し、A110はかつての戦場で本領を発揮する。細いアスファルトの舞台は、1986年のポルトガル・ラリーで観客が不慮の事故に巻き込まれたことは、モータースポーツの歴史の1ページに刻まれている。それでもここは、魅惑的なほど速く流れる道路である。A110の核心的な強みを引き出してくれる道だ。「アルピーヌの機動性、ステアリングフィールは崇高の域に達している」と言いたくなるほど。 低速コーナーからの加速力、それを路面に伝達する足回りは圧巻だ。硬いスプリングと大きめに設定されたネガティプキャンバーが、スイングアクスルをしっかりと制御していることがドライバーに伝わってくる。A110をサーキットで走らせた経験から、十分な予兆なしにテールが流れ出すことはないことを知っている。ディスクブレーキの効きは信頼できるが、強く踏むとやや唐突に食いつく傾向があるのはご愛嬌だろうか。 A110は純粋なるドライバーズカーで、同乗者への配慮はない。車体は揺れ、ガタガタと音をたて、ギアの唸り音は耳が痛くなるほどだ。夢中になって運転すれば助手席の人に嫌われそうなので本来、一人で乗るべき車なのかもしれない。 車内の灼熱地獄、未燃焼ガスの車内充満による気分不良に加えて、胃の不調と偏頭痛の兆候があった筆者だが、A110試乗は至極楽しいものだった。しかし、燃料ポンプ故障のため、試乗は唐突に終わりを迎えた。未燃ガスの車内充満は、おそらく燃料ポンプが原因だったのだろう。 A110は万人受けする車ではなさそうだが、フィードバックの明確さと純粋なカリスマ性において、ほかに匹敵するものはないことを再確認できた一日だった。この車は限界まで攻めようとすると真価を発揮し、ドライバーに生きている実感を与えてくれる。言ってみれば“寄せ集め”のハードウェアながら、実にあっぱれだ。 編集翻訳:古賀費司(自動車王国) Transcreation: Takashi KOGA (carkingdom) Words: Richard Heseltine Photography:Luis Duarte
古賀貴司 (自動車王国)