連載『lit!』第129回:サツキ、大漠波新、マサラダ、柊マグネタイト、SAWTOWNE……2024年ボカロベストソング5選
今年11月に、日本語版VOCALOIDの祖・MEIKOの誕生≒邦楽シーンにおける音楽ジャンルとしての誕生から記念すべき20年を迎えたVOCALOIDカルチャー。 【写真】「ラビットホール」「モニタリング」などを手掛けるDECO*27の近影 元はアンダーグラウンドなインターネットミュージックから始まった当該ジャンルも、今や立派に日本の音楽シーンを担う一端となり、世界に誇るジャパニーズカルチャーのひとつとして、国内外から注目を集めている。 特に2020年代以降、そのシーンの潮流は日々目まぐるしく移り変わる一方だ。そんな中で今年1年を振り返ると、依然として根強いSNSからのトレンド発信や本格化し始めた文化の海外進出など、音楽そのものとその作り手、そしてリスナーを取り巻く環境が例年以上に混沌とした年だったようにも感じられた。 そんな2024年を振り返る中で、改めてフォーカスを当てたいボカロ曲10作は以下の通り。 ・サツキ「メズマライザー」 ・吉田夜世「オーバーライド」 ・ンバヂ「好きな惣菜発表ドラゴン」 ・大漠波新「のだ」 ・原口沙輔「イガク」 ・DECO*27「ラビットホール」 ・Kanaria.「Dec.」 ・マサラダ「㋰責任集合体」 ・柊マグネタイト「テトリス」 ・SAWTOWNE「M@GICAL☆CURE! LOVE ♥ SHOT!」 VOCALOIDというジャンルの特異性のひとつに、必ずしも年内に流行した曲が当年リリースの作品ではない点がある。ここ数年は依然として、メインストリームに懐古主義な風潮が根強く残っていたことから見られた上記の傾向。だが昨年から今年にかけては、その様相がやや変わってきたと言ってよい。 その理由として、近年楽曲の二次創作の拡大が作品ヒットの手法として明確に確立されていることが挙げられる。歌ってみたやイラストのファンアート、あるいは原曲の音楽的フォーマットや動画をオマージュした映像作品など。元となる曲がそれらの二次創作へ波及するには、どうしても多少のタイムラグが発生する。ゆえに、実際の楽曲投稿から数カ月~半年後に楽曲が爆発的な伸びを記録するパターンも、特に昨年から今年にかけては随所に散見された。 上記曲の中では特に「オーバーライド」「好きな惣菜発表ドラゴン」などがそれにあたる。これらを手掛けた吉田夜世やンバヂを筆頭とする新世代ボカロPの台頭も、2024年のホットトピックのひとつだった。 とはいえ、シーン情勢をよく知るリスナーにとっては、今その人気を語るのも野暮といった楽曲も上記ラインナップには複数ある。そこで本稿では今年の様々な情勢を踏まえた上でなお、改めてその魅力に迫りたい5曲をピックアップ。 年の瀬も迫るこの時期。ぜひこれらの曲とともに、2024年のボカロシーントピックスにそれぞれ思いを馳せてみては。 ■サツキ「メズマライザー」 もはや2024年の顔とも言うべき「メズマライザー」。これまで本連載でも再三紹介してきたが、今年終盤にかけてシーン史上初の記録を成し遂げたことも踏まえ、今一度この曲の快挙を取り上げたい。 今年のボカロシーン重大トピックのひとつとなるのは、YouTubeにおいて大台の1億回再生を突破した楽曲が複数輩出されたことだ。その中でもシーン史上6作目の1億回再生曲となった本作。だが、投稿からわずか1年以内でこの大台に乗ったボカロ曲は史上初となる。その点でも本作は後世に残る記録を打ち立てたと言って差し支えない。そんな大記録を残したのが、20年代以降に活動を本格化させた新世代ボカロPという点も、シーンにとっては肯定的に捉えるべきニュースだろう。 ■大漠波新「のだ」 大漠波新もまた、近年シーンで台頭する新世代ボカロPの1人だ。彼の場合は音声合成ソフトであるメカニカルヒューマンの悲哀や存在意義に焦点を当てた、「VOCALOID STAR」シリーズと呼ばれる楽曲群が特に人気を博している。中でもシーンでは従来滑稽な道化として扱われてきたずんだもんや、初音ミクのカウンターキャラとしての性質を色濃く持つ重音テトという近年注目を集める両名にフォーカスした点も、今作のブレイクに繋がっていると言える。 彼が紡ぐのは、いわばネクスト「初音ミクの消失」の物語。機械の歌姫という音声合成ソフト自体の無常観から、彼女ら1人ひとりのキャラクター性が抱えるバックボーンの無常観へとシーン黎明期から続く価値観をよりミクロにアップデートした点が、その人気を支える理由の1つだろう。 ■マサラダ「㋰責任集合体」 近年のボカロシーンの興味深い点として、映像や楽曲に手間をかけた壮大で豪華な作品が必ずしも流行るわけではない、という傾向も挙げられる。ンバヂ「好きな惣菜発表ドラゴン」もそのミニマルさが一大ブームを生み出した要因であるし、ボカロP活動歴いまだ約1年半という超ニューカマーのマサラダが手掛けた本作も、比較的作風には素朴さが垣間見える一方、それが味となって大勢に評価されている楽曲となる。 彼の場合、その最たる特徴は音楽のみならずイラスト・映像制作もすべてたった1人で担当している点だろう。元を辿れば米津玄師やwowaka、あるいはピノキオピーや原口沙輔など、彼らと同様音楽に留まらないセルフクリエイトの活動を貫く姿勢も、シーンを取り巻く多くの人々が作品及び人物に興味を持つきっかけとなっているようだ。