埼玉・在日クルド人の今―暴走する「ヘイト」は止まらないのか
クルド人の存在を「発見」
クルド人ヘイトのきっかけの一つとして「改正入管法」を指摘するのは、支援団体「在日クルド人と共に」(蕨市)代表理事の温井立央(ぬくい・たつひろ)さんだ。 「昨年、国会で改正議論が進む中で、難民申請者の多いクルド人の存在が注目されました。その関連の報道で、クルド人の中の非正規滞在者が取り上げられ、難民・移民に拒否感を持つ人たちを刺激したのでしょう」 長きにわたり「全く関心を持たれなかったクルド人」(温井さん)が、入管法の審議を巡る過程で “発見” されたのである。それが日本社会に巣食うゼノフォビア(外国人嫌悪)を引き出した。SNSでは難民申請者の強制送還を容易にする入管法改正を後押しする形で、クルド人に対するヘイト書き込みが急増する。 川口市などでは、もともと日本人住民との間でゴミ出しや生活騒音などを巡るトラブルがあったことも事実だ。クルド人による無免許運転、死亡事故などの犯罪行為も問題となっていた。 2023年6月、川口市議会は「一部外国人による犯罪の取り締まり強化」を求める意見書を可決し、国や県などに提出した。「クルド人」と名指しはしていないが、同市がクルド人によって「無法地帯」と化したと受け取られかねない。 間が悪いことに、その翌月、クルド人の集団が川口市内の病院駐車場で騒ぎを起こす“事件”が発生。女性問題を巡るクルド人男性同士のトラブルが発端で、当事者二人が同じ病院に運ばれて双方の親族や友人などが病院前で鉢合わせし、騒動に発展した。これを一部メディアが大きく報じ、ネットへの書き込みはさらに過熱する。同時にクルド人に対する嫌がらせ、「追放」を訴えるヘイトデモが頻発した。 「ネットだけを見ていると、川口や蕨がクルド人に占領され、暴力渦巻く映画『マッドマックス』のような世界に思えてしまいます」(温井さん)
検挙者のほとんどは日本人
川口市や蕨市を訪ねれば、『マッドマックス』とは程遠い日常がそこにある。ただ、海外にルーツを持つ人の姿は目立つ。例えば川口市の外国人住民は、約20年間で1万4679人(2004年)から3万9553人(23年)と2倍以上に増えている。しかし、そのうちクルド人を含むトルコ国籍者は約1200人と少数派だ。一方、同時期の刑法犯認知件数は1万6314件から4437件と激減している。川口警察署管内の検挙者数も、昨年は1313人。そのうち日本国籍者は1129人で、圧倒的に日本人が多い。 川口市役所に取材すると、「特段、外国人犯罪が多いとの認識はない」としたうえで、次のように答える。 「ただし騒音やゴミ問題などを巡り、日本人住民との間でトラブルがあるのは事実。だからこそ、生活ルールを案内する多言語の外国人向けポータルサイトを整備し、QRコード画像を印刷したカードを市内全域で配布するなどして、多文化共生に努めています」 一方で、職員の1人はこう打ち明ける。 「ネットの影響なのか、市役所には連日、『クルド人を追い出せ』『なぜクルド人に税金を費やすのか』といった電話がひっきりなしにかかってくる。しかも電話してくる人の多くは市外の住民だと思われます。一日中、こうした電話対応に追われてしまうこともあります」 ネットに「川口は無法地帯」などとデマを書き込む者も、嫌がらせ電話をかけ続ける者も、クルド人経営の企業やレストランで盗撮する者も、恐らくその多くは他地域の住民だ。そしてヘイトデモの参加者も、ほほ全員が市外からの“遠征組”なのだ。 今年8月20日には、前述の支援団体「在日クルド人と共に」のウェブサイトに「クルド人を皆殺しにして、豚の餌にしてやる」などとメッセージを送った疑いで、30代の男性がさいたま地検に書類送検された。この男性もまた東京都内在住者だった。 もちろん、地元住民の中にも、クルド人に対する批判はある。 市内で取材すると、「車のエンジン音がうるさい」「生活騒音が許せない」「コンビニ前に集団でたむろしていて怖い」といった声があった。前述のように、少数とはいえ、犯罪で検挙される者もいる。しかもクルド人住民の中には、(難民申請中で在留資格がなく、一時的に収容を解かれた)仮放免中の人など非正規滞在者も含まれるため、治安上の問題と結び付けられる傾向がある。 繰り返すが、地域で犯罪を起こすのは、ほとんどが日本人なのだ。また、難民申請しても認められず、やむなく非正規滞在になるのは制度上の問題であり、ヘイトスピーチを許容する理由にはならない。