埼玉・在日クルド人の今―暴走する「ヘイト」は止まらないのか
日本人が「やりたがらない仕事」を担う
タシ・メメットさん(54歳)は、「最初に川口に住んだ人」といわれている。 1993年、差別を逃れてトルコを離れ、なんの伝手(つて)もない日本にやって来た。成田空港から東京駅までたどり着き、言葉も分からず途方に暮れていた彼に、通りすがりのパキスタン人が声を掛け、川口の自宅のアパートに居候させてくれたそうだ。 「それからだよ。生きるために死に物狂いで働いた。下水道工事、建築現場、そして解体と、日本人がやりたがらない仕事をしてきた」 正規の在留資格を取得し、解体業者としての成功も収めた。そんなタシさんを頼って、新たなクルド人が川口を目指し、連鎖反応のようにその数が増え、集住地域となったという。タシさんの会社や日本人業者の下で働いてきた者たちが次々と起業し、いまや埼玉県南部には個人事業者も含めれば200社近くのクルド人解体業者が存在する。高齢化が進む同業界で、クルド人の存在はもはや不可欠だ。 30年以上日本で暮らすタシさんも、いまでは「不安しかない毎日」だという。 運転中に、隣の車線を走る車から、「クルド人は帰れよ」と怒声が飛んだこともあれば、いきなり「テロリスト」とからかわれたこともある。会社の従業員からも、現場で作業中に「国に帰れ!」と言われたなどの報告が絶えない。 タシさんの息子で蕨駅に近いクルド料理レストラン「ハッピーケバブ」を経営するテフィキさん(33歳)も、被害を受けている。 嫌がらせ電話はもちろん、スマホで店内を無断撮影し、ヘイトスピーチのテロップを重ね、動画サイトに投稿する者もいる。同店は蕨駅の構内や、地域を走るバスの車内に広告を出しているが、JRやバス会社には、「取り外せ」と要求する電話が相次ぐ。 それだけではない。公園で遊んでいるクルド人の子ども、ショッピングモールで買い物しているクルド人家族が、盗撮されることもあるという。 「普通に生活していてもヘイトの対象になる。いつまでこんなことが続くのか」とテフィキさんは声を震わせた。