東北の「きらやか銀行・じもとHD」、234億円の大赤字で「痛すぎる国有化」の全内幕…金融庁も想定外「公的資金を一年足らずで食いつぶす」まで
「最強の長官」が残した負の遺産
「理想主義者の長官の下、『金融育成庁に変身する』などとうたって、銀行が抱える不良債権を厳しく査定する検査局を廃止したのが失敗だったのではないか」 金融庁内では今、こんな悔恨の言葉が漏れ聞こえる。「理想主義者」とは、2015~2018年の3年間も長官を務め、当時の安倍晋三政権に重用された「史上最強の金融行政トップ」森信親氏(1980年旧大蔵省)のことだ。 1990年代後半から2000年代初頭の平成金融危機の時代は、貸出資産の厳しい査定で銀行をギリギリと締め上げる金融庁の敏腕検査官が、金融行政の「花形」。その後、人気テレビドラマ『半沢直樹』でも取り上げられるほど有名な存在となった。 しかし、不良債権問題が収束しても検査中心の金融行政を続けた結果、市場や金融界では「金融処分庁」など揶揄されるようになった。「このままでは存在意義が希薄化し、組織縮小に追い込まれかねない」と危惧した森氏は、投資活性化やフィンテック産業の後押しを図る「育成庁」への変身を志向した。 地銀も含む金融機関に対しては、厳格な貸出資産の管理よりもリレーションシップ・バンキング(リレバン、地域密着型金融)による地域経済の活性化への貢献や、真にニーズに合った投資商品を提供する顧客本位の業務運営を促した。 金融行政の大転換の総仕上げとして、金融庁は2018年7月に検査局を廃止する大胆な組織改正を断行。翌2019年12月には、銀行の融資管理の手引書だった金融検査マニュアルも廃止した。 検査官は監督局に移り残ったが、各行に立ち入って不良債権の見積もりが妥当かどうかを検証する「資産査定検査」は行われなくなった。森氏に近い金融庁OBは「貸出資産の査定で各行の自主性を尊重し、地域経済に役立つためのリスクをそれぞれの能力に応じて取ってもらう狙いだった。そうすれば質の高い地域金融機能が発揮され、地銀の生き残りに向けた活路も拓けると考えた」と説明する。 だが、副作用も大きかった。検査官による金融検査マニュアルに基づく統一的な目線での貸出資産の査定が行われれば、不良債権を多く抱える「落第」地銀を早めに炙り出せたが、それができなくなった。 正常債権か不良債権かという分類が銀行任せにされた結果、地銀の中には収益確保などの思惑から自己査定を甘くして貸倒引当金を十分に積まないケースが出てきた。実際、きらやか銀行は2024年3月期にこれまで「正常債権」と分類してきた融資が200億円以上も減少、その分、不良債権が膨らみ、貸倒引当金の大幅な積み増しを迫られて進退極まった。