「自分には関係ない」「家族関係壊す」選択制夫婦別姓を取り巻く日本人の勘違い、「虎と翼」が問う法律の主体
寅子の母の猪爪はる(石田ゆり子)と兄の妻で元同級生の花江(森田望智)は、自分たちの旧姓が家族の姓となった場合を連想し、子どもたちと共に笑って語り合う。このシーンは、法律が庶民の暮らしに直結する存在だと明確に示している。 興味深いのは、民法改正審議会の「大きなお世話」に続く寅子の発言だ。 「もし、神保先生の息子さんが結婚して妻の氏を名乗ることにされたら、息子さんの先生への愛情は消えるのですか? 私はもし娘が結婚したとして、夫の名字を名乗ろうと佐田の名字を名乗ろうと、私や家族への愛が消えるとは思いません。名字1つで何もかもが変わるだなんて、悲しすぎます」
この発言は、夫婦同姓の改正民法下で、結婚した2人が妻の姓を選ぶ可能性がある、という内容だ。嫁入り・婿入りした先の名字を名乗るほかなかった戦前と比べ、名字を選べる戦後は一歩前進だ。しかし、このセリフはそのまま、選択的夫婦別姓制度の議論が活発な現代にもスライドできる。 選択的夫婦別姓制度が導入されたら、神保の息子は夫婦同姓として妻の氏を選択し、寅子の娘とその夫は、別姓もしくは妻の氏を選択するかもしれない、とも読めるのだ。
■法律は一部の人だけのものではない 選択的夫婦別姓制度は、家族を解体するわけでも、同姓を名乗りたい夫婦に別姓を強いるわけでもない。フルネームを自分の一部と思ってきた人たちが、結婚しようが離婚しようがアイデンティティを脅かされないため、その人が働く世界で支障をきたさないために必要な制度である。選択制なのだから、どちらの道を選ぶかは当事者が決めることができる。 『虎に翼』は、そうした法律についてわかりやすく教えてくれる。法律は、旧仮名遣いの民法改正案を読んだ寅子の母親がつぶやいたように、「自分たちが、頭がいいって自慢したい」法律家や政治家、あるいは運動家だけのものではない。
私たちを守ってくれるはずの法律が、私たちの人生を歪める場合がある。しかし、法律は時代に合わせて変えることもできる。自分の権利が何によって保障され、何によって侵されるのか。 自分の人生を、暮らしを守るために、他人の人生を損なわないために、私たちはもっと法を巡る議論に敏感になる必要があるのではないか。まずは、経団連の提言がどのような波紋を起こすのか、見守りたい。
阿古 真理 :作家・生活史研究家