「死の砂漠」230haを緑地と農場に…中村哲さん殺害から5年、現地住民の感謝は消えず
【カブール=吉形祐司】アフガニスタンで人道支援に取り組んだ中村哲(てつ)医師(当時73歳)が殺害されてから、4日で5年となる。中村さんが井戸を掘り、農業用水路を整備した「死の砂漠」は今、オアシスのように緑地や農場が広がる。5年を経ても現地住民の感謝の気持ちが消えることはない。 【写真】中村哲さんを30年支えたペシャワール会看護師 藤田千代子さん
中村さんが殺害された東部ナンガルハル州の州都ジャララバードから北東へ28キロ。砂漠地帯にあるガンベリ農場の一角に「中村医師記念公園」がある。「地元の住民は皆、ナカムラを尊敬し、愛している。水のなかった土地が緑の公園に変わった」。近くに住むアベド・サレフさん(29)は高さ16メートルの記念塔を見上げて言った。
管理事務所によると、公園には毎週4000~5000人が訪れ、休日には緑地でピクニックを楽しむ住民の憩いの場でもある。記念塔の中央には中村さんの肖像が描かれていたが、2021年に実権を掌握したイスラム主義勢力タリバンが偶像崇拝を嫌い、消去を命じた。それでも住民の記憶には中村さんの顔と名前が深く刻まれている。
中村さんは03年以降、近くを流れるクナール川から25キロ(現在27キロ)の用水路を引き、約230ヘクタールの土地を緑地と農場に変えた。その奇跡は中村さんの殺害後にSNSなどで全国に知れ渡った。写真を見たアフガン人は例外なく「ナカムラだ」と反応する。
ガンベリ農場の事業は、中村さんが現地代表を務めた「ペシャワール会」(福岡市)の現地民間活動団体「ピース・ジャパン・メディカルサービス(PMS)」が遺志を継いで継続している。農場ではかんきつ類や穀物、野菜の栽培のほか養蜂や牛の飼育も行われている。ナンガルハル州内では新たな取水堰(ぜき)の建設や、老朽化した施設の修理なども続く。
PMS現地責任者のジアウルラフマン・ジア医師(69)は「中村先生が来る前、一帯は『死の砂漠』と呼ばれた。戦火の中で子どもたちが育ったアフガンで、人に寄り添い、人のために働くことを教えてくれた。その教えを次世代に伝えたい」と語る。