藤井光が個展「終戦の日 / WAR IS OVER」が伝える、終戦という「壮大なフィクション」
大分県最大のターミナル駅である大分駅から1時間。リアス式海岸が美しい大分県佐伯市を舞台に、美術家・映像作家の藤井光による新作映像作品の展覧会「終戦の日 / WAR IS OVER」が始まった。この展覧会は、大分・福岡の観光振興キャンペーンである「福岡・大分デスティネーションキャンペーン」にあわせて大分県内4地域で開催されている「Oita Cultural Expo! ’24」を構成するひとつ。企画は九州・別府で長年アートプロジェクトを率いてきたアートプロデューサー・山出淳也によるものだ。 佐伯市は九州最東端に位置する街であり、豊後水道を挟んで四国との距離も近い。そうした地形から、第二次世界大戦中には太平洋からの侵攻を防ぐための要所として、丹賀(たんが)砲台が設置された過去がある。8年もの歳月をかけて1931年に完成した巨大な砲台。しかし真珠湾攻撃の翌年の42年1月11日、この砲台で行われた実射訓練で起きた暴発事故によって16名の命が失われ、また多くの負傷者も生み出した。事故による死者は戦死と認定されず、補償の問題も起きたという。 藤井はこの展覧会の依頼を受け同地を初めて訪れ、新たな作品制作に挑んだ。 藤井は1976年東京都生まれ。パリ第8大学美学・芸術第三博士課程DEA修了。紛争や事故などの厄災に起因する、あるいはそれにより顕在化した社会構造の不条理を主題に映像インスタレーションを制作してきた。 第2回「Tokyo Contemporary Art Award」受賞記念展(2022、東京都現代美術館) で戦争画をテーマにした大規模なインスタレーション《日本の戦争画》を展開し、大きな衝撃を与えたことは記憶に新しい。 藤井が丹賀砲台園地で展示会場に選んだのは、地下弾薬庫跡だ。暗く、ひんやりとした弾薬庫に展示されているのは、工業的なフレームとスクリーン、そしてスピーカーによって構成された新作の映像インスタレーション《終戦の日 / WAR IS OVER》(2024)。スクリーンは宗教画を思わせるトリプティックとなっており、来場者は弾薬庫内を自由に行き来して鑑賞することができる。 映像の出演者は、公募によって選ばれた佐伯市民を含む老若男女20名。演者それぞれが言葉にならない感情を発露する様子が、大きなスクリーンに映し出されている。 藤井はこう語る。「1945年8月15日の『終戦の日』、佐伯市では多くの人が泣いたという記録が残っている。そうした言葉では尽くせない、“切なる”感情を作品に込めた」。 出演者たちは、それぞれがもっとも「切なる感情」を抱くフィクションとしての物語をワークショップを通じて構築し、それを突き詰めていったという。「課題としたかったのは、他者の死や悲しみ、痛みをいかに想像できるかということ。それは想像力の限界点のひとつだと思う」(藤井)。 1945年の終戦記念日は歴史的に「戦争が終わった日」。しかしその後の米ソ冷戦やベトナム戦争、いまも残る沖縄の米軍基地問題、そして世界各地で続く紛争など、戦争そのものは現在進行形であり、人類全体としてはいまだに「終戦の日」を迎えていない。藤井は「1945年の終戦は、戦後の日本の起点となった壮大なフィクション」だとしつつ、「そうした状況を脱構築したいと考えた」と話す。 弾薬庫という暗く冷たい空間の中に設置された工業的なフレームと、フィクショナルな映像。本作は1945年の「終戦の日」を振り返るというだけではなく、世界各地で続く紛争をいかに受け止めるかというアクチュアルな問題を考察するものであり、人類がいつ本当の「終戦の日」を創造できるのかという大きな問いかけでもある。 なお、本作は5月5日、5月19日、6月8日に「藤井光の新作鑑賞と「海」の誕生を感じる旅」(日帰りバスツアー)も実施。作品鑑賞のみならず、地元の人々との交流や海事資料館、展望ブリッジの見学なども盛り込まれたツアーとなっているので、より深く佐伯というエリアを知りたい人にはおすすめしたい。
文・撮影=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)