東京23区で〝最後の牧場〟存続のための一手は… 「地元のミルク」への思い
元・武士たちが始めた酪農
東京ではどのように牧場が広がり、減少していったのでしょうか。 江戸時代が終わり、武士たちは一気に仕事がなくなりました。そこで彼らが始めたのが、西洋から入ってきた新しい事業「酪農」でした。 酪農は現代でたとえると「ITベンチャー」のような存在だったようで、武士のほかにも新しいもの好きだった人びとが参入したといいます。 小説家・芥川龍之介の父親や、歌人で小説家の伊藤左千夫も東京で牧場を営んでいたそうです。 しかし、次第に牛たちの匂いやスペースの問題から牧場は郊外へと移っていき、現在のような状況に至ります。 そして、その一世を風靡した東京の中心部の酪農で、最後に残ったのが小泉牧場なのです。
「牛は飼うのではなく、育てる」
近頃は、家畜をできる限りストレスなく育てようという「アニマルウェルフェア」の思想が国際的に広がりました。 牧場では「牛舎で、首をつなぐ飼い方はよくない」と指摘する人もいて、私もかつてそう思っていた時もありました。 でも、小泉牧場の牛たちの「いい顔」に出会って、牛舎も牛たちもきれいなようすをみて、「つなぎ飼いだからよくない」は違うと考えるようになりました。 地域住民への匂いの影響を鑑みてということもありますが、牛の健康やストレス減少のため、毎日5回も牛糞を掃除。定期的に牛をブラッシングします。 小泉さんはよく「牛は飼うのではなく、育てる」と言います。牛を単なる家畜と見ず、大切なパートナーとして接しています。 都会で酪農を続けるのは決して簡単ではありませんが、地域住民が多い場所の特性に合わせながら工夫していて、小泉牧場で育った牛たちは幸せだなと感じます。
地域の小さな酪農のあり方を目指して
こんな素敵な牧場ですが、牧場単体のミルクを買うことはできません。 全国のほとんどの牧場でも同様ですが、農協がトラックでミルクを集めて、乳業メーカーに販売しています。その中で、たくさんの牧場のミルクが混ぜられ、スーパーに並びます。 でも、育て方やエサのバランスも影響して、牛乳の味は牧場ごとに違います。 以前、小泉牧場の搾りたてのミルクを特別に飲ませてもらったことがありました。とても甘くてきれいな味でした。 たくさんの人が住む東京23区に、こんな素敵な牧場、おいしいミルクがあるのなら、牧場単一の〝シングルオリジン〟の牛乳を作って飲んでもらいたい……。 そう思い、私たちは今年から小泉牧場の牛乳を作ることになりました(「牛乳作り」はものすごく大変なのですが、その話はまた別の機会に…)。9月なかばからまずは小泉牧場とWebサイトでの販売を始める予定です。 搾乳体験をしたとしても、そのミルクは飲まずにスーパーで買って飲む……。都内に住む筆者にとっては、23区内という近くにおいしい牛乳があるのに、飲めないという不思議な構造にとても違和感がありました。 日頃から近隣の牛乳を飲んで、親しみを持ち、ふらっと牧場を訪れて牛とふれあったり、牧場主と語り合ったり――。食育と日常で飲むミルクが一緒になったらもっと食のことを自然と考えるようになるのではないかと思いました。