「バイクみたいな吸気音が感動的でした」新車時代を知るあこがれの1台|スポーツオプション部品などで当時のチューンを楽しむハコスカGT-R
これまで、3台の1971年式スカイラインHT 2000 GT-Rを乗り継いできたMさん。現在のスカイラインブラウンのGT-Rは、友人の父親が新車で購入し、ワンオーナーで維持していたもので、スポーツオプションなどの貴重なパーツを使って仕上げた唯一無二のGT-Rだ。 【画像23枚】フロントフェンダーは目立たない程度にワイド化されている。そこに収まるのはRSワタナベの15インチホイール。車高はほどよくローダウンしている 【1971年式 日産スカイライン HT 2000 GT-R(KPGC10)】 純正然としていながら、レース用オプションパーツを随所に取り入れた1971年式スカイライン HT 2000 GT‐R。 希少なスカイラインブラウンのボディは美しい輝きを放つ。 オーナーのMさんとGT‐Rの出合いは、約40年前。 友人の父親が新車で購入したGT‐Rは、クルマ雑誌で見ていたあこがれの存在。それが近所を走り回っていたのだから衝撃的だった。 「バイクみたいな吸気音が感動的でした。クルマを見せてもらうために、よく自宅まで押しかけました。その頃からものすごく大切にしていて、ボディに毛布をかけてガレージに保管していたのを覚えています」と振り返る。 このクルマを見たのをきっかけに、GT‐Rに魅了されたMさん。それからまもなく中古車のGT‐Rを入手した。20代中盤の彼にとっては決して安くはなかったが、若さゆえの英断だった。 「かなり気に入っていましたね。当時は仕事が終わってから、頻繁に箱根に走りに行ってました。メカメカしいというか、クルマに乗っている感覚が味わえるのがたまりませんでした」
しかし、蜜月は思ったより長くは続かず、4年後の結婚を機にGT‐Rを手放した。
しかし、蜜月は思ったより長くは続かず、4年後の結婚を機にGT‐Rを手放した。家族を優先し、クルマ道楽からしばらく遠ざかることにしたのだ。 だが、Mさんの胸中には常にGT‐Rへの思いがくすぶっていた。約20年ほどファミリーカーで我慢していたが、子供の手が離れたこともあり、1台目と同じ71年式のGT‐Rを再入手。足まわりやマフラー交換などのチューニングを楽しんでいた。 その頃に、千葉県木更津市にある「TAオート」の安藤正代表と知り合う。 「腕が確かなのはもちろん、親身になって相談に乗ってくれます。それまでいろいろチューニングしていましたが、安藤さんの影響を受け、できるだけオリジナルを維持しようと考えを改めました」 転機が訪れたのは、4年前。あのスカイラインブラウンのGT‐Rを所有していた友人の父が他界されたのだ。 「彼にとっても思い出が詰まった大切な遺品ですが、何十年も前のクルマなので手に負えないとのことでした。しかし、知らない人に譲って遠くに行ってしまうのは寂しい。そこで、このGT-Rのことを昔からよく知る私に声が掛かりました。私としても、昔からとても大切にされていたのを見ていたので、願ってもない話でした」