【解説】バイデン大統領は息子になぜ恩赦を与えたのか?米大統領が持つ絶大な権限、民主党はもうトランプを批判できない可能性も
これまでも行使されてきた
結局、恩赦の権限を定めた条項を含んだ形で憲法は批准され今日に至っている。恩赦は、初代大統領のジョージ・ワシントンを含めほとんどの大統領によって行使されてきた。 一度も行使しなかったのは、ウィリアム・ヘンリー・ハリソンとジェームズ・ガーフィールドの二人だけで、行使しなったのは二人とも就任から間もなく死去したからであった。少ないものでワシントンの16件やジョン・アダムズの20件があるが、千人を超えている者も少なくない。ベトナム戦争の徴兵忌避者を恩赦したカーター大統領の場合は、数にすると20万人を超える人々に恩赦を与えたことになる。 国家に対する反乱罪や南北戦争の南軍関係者に対する恩赦など国家の行く末に大きく関わった罪について恩赦が行われた例も多いが、個人的なケースも目立っている。クリントンが、コカイン所持で有罪となった弟を恩赦した例などが代表的である。ニクソンの大統領選挙において不正献金を行った罪で有罪となった石油会社の最高経営責任者(CEO)は、共和党全国委員会に巨額の献金をした直後にジョージ・H・W・ブッシュに恩赦されている。 既に他界した人物を恩赦することも可能である。カーター大統領は、南北戦争時の南部連合大統領であったジェファーソン・デイヴィスに恩赦を与えている。
女性の投票権を認めた憲法修正第19条が批准された100周年記念日である2020年8月18日、トランプは、女性参政権運動を進めたスーザン・B・アンソニーに恩赦を与えた。彼女は、1872年の大統領選挙で参政権のないまま投票して逮捕され、100ドルの罰金を科されていた。しかし、この恩赦は、当時アンソニーが「1ドルたりとて払わない」と述べて罰金を払うことを拒否することで否定していた当時の制度そのものを受け入れることになるため受け入れがたいという見方もあり意見が分かれた。
記憶に残る恩赦となってしまうのか
米国の行く末に大きな影響を与えた恩赦と言えばジェラルド・フォードが、ニクソンに与えた恩赦であろう。民主党全国委員会本部盗聴未遂事件に端を発したウォーターゲート事件によって辞任に追い込まれたニクソン大統領は、そのままいけば弾劾され、訴追されるはずであった。それをニクソンの辞任によって副大統領から昇格したフォードが、就任からわずか1カ月後に恩赦を与えたのであった。 これによって前代未聞の大統領主導による犯罪の全容が解明されることがなくなり、その罪を犯したニクソン自身が罰を受けることはなかった。フォードは、ニクソン自身が既に十分苦しみ、また、法廷闘争が行われることで国の威信に傷がつくと恩赦の理由を説明したが、国民はそのようには受け止めず、1976年の大統領選挙でフォードが敗れる大きな原因となった。 バイデンは、ずるずると退任を先延ばしすることで、後継候補が予備選によって選ばれる過程を妨害し、2024年の民主党の敗北をもたらした原因となったと批判されているが、今回息子を恩赦したことによって、今後トランプが私的な利益のための恩赦を与えたときに民主党が批判しづらくなる原因を作った大統領として記憶されることになってしまうのだろうか。(文中敬称略)
廣部 泉