男子100mで桐生祥秀の「9秒98」が生まれた理由とは?
100mは風の影響を大きく受ける種目だけに、向かい風では好タイムが難しい。しかも追い風2.0mを超えると参考記録になる。桐生はスプリンターとして確実に成長したが、これまでは風に恵まれないことが多かった。今回は追い風1.8mと絶好で、そのチャンスを逃さなかった。 伊東強化委員長も「条件の良いところを求めてレースが集中していたときには、記録に対する不満はあったんですけど、今回は学生チャンピオンシップの大会で、選手たちが火花を散らして、自ら条件を導きました。純粋によくがんばったという気持ちでいっぱいです」と今回のレースを評価した。桐生の9秒台は、日本人スプリンターたちの厚い選手層と、ハイレベル化がもたらしたものともいえるだろう。 多田も自己ベストの10秒07(日本歴代7位タイ)をマークしたが、「目の前で9秒台を出されて、正直めちゃくちゃ悔しいです」と話すほど、日本人スプリンターの競争意識は過熱している。桐生と多田以外にも、10秒0台で8回走っている山縣亮太(SEIKO)、昨年の日本選手権王者・ケンブリッジ飛鳥(Nike)、そしてロンドン世界選手権で世界を驚かせた18歳のサニブラウン・ハキーム(東京陸協)とタレントは揃っている。次は、誰が9秒台に突入するのか。そして、どこまで日本記録を引き上げるのか。 桐生は土江コーチと大喧嘩したときに、「僕はオリンピックでメダルを取るのが目標なんだ」ということをハッキリ言ったという。9秒台は通過点でしかない。長い呪縛から解き放たれた桐生は、「9秒台で僕の陸上人生が終わりではなく、ようやく世界のスタートラインに立てたという感じです。スピード練習をして臨めば、今回以上の記録は出るのかなという楽しみがありますし、これからは世界のファイナルを目指して取り組んでいきたいです」と新たな目標を口にした。 「この記録が国内の条件の良いなかで出したもので終わらせたくありません。9秒98を世界のスプリンターと走ったときに再現できるのか。これで日本人の9秒台は間違いなく続きます。そして桐生君が次に9秒台を出せば、世界のファイナルに近づいて、もっと価値ある9秒台になると思います」と伊東強化委員長。2020年の東京五輪は4×100mリレーでの金メダルだけでなく、個人種目でのメダルも狙える。そんな予感が漂ってきた。 (文責・酒井政人/スポーツライター)