【社説】高齢者の労災 防止へ法的な取り組みを
多くの高齢者が働くようになり、労働災害も増えている。安心して働ける安全な職場環境を速やかに整備しなくてはならない。 厚生労働省によると、雇用者全体のうち60歳以上の割合は年々増え、2023年には18・7%に上っている。 一方で労災による死傷者数(休業4日以上)は60歳以上が29・3%にも達し、高齢者が労災に遭いやすい傾向がある。労災発生率も60歳以上は30代に比べ男性が約2倍、女性が約4倍になっている。命に関わる事態であり見過ごせない。 人手不足が進み、事業者が高齢の働き手に頼っている現状がある。慣れない職場に配置されたことに起因する事故も増えている。 具体的には男女とも「墜落・転落」「転倒」が多い。工場や建築現場など、危険性が懸念される製造業や建設業に限らない。飲食店のほか社会福祉施設など介護の現場でも、加齢に応じて発生率が高くなる傾向にあるという。高齢になるほどけがは重症化しやすく、休業期間も長くなっている。 個人差はあるが、加齢とともに筋力やバランス能力など身体機能は低下する。労災増加の大きな要因だ。 厚労省は20年、働く高齢者の安全確保に関する指針を公表した。 具体策を例示し、事業者に対策を求めている。通路の段差解消や階段の手すり設置、作業場の照度確保、聞き取りやすい中低音域への警報音の設定などだ。定期的な健康診断の実施や体力チェックの取り組みも挙げている。 ただ事業者の動きは低調だ。60歳以上が働く事業所は全体の8割近くあるが、高齢労働者の労災対策に取り組んでいるのは2割にとどまる。 驚くのは指針を知っている事業者が23%しかいないことだ。労災対策に取り組んでいない事業所の半数近くは「自社の60歳以上は健康である」と理由を挙げる。身体機能低下による労災リスクへの理解が進んでいない。 雇用主は労働者を守る責任がある。まずは高齢労働者の状況を正しく理解し、事故を減らそうという意識改革が重要だ。人手不足で戦力として活用していくのであればなおさらだ。国は指針を周知し、労災対策に取り組むよう働きかける必要がある。 国は法的な体制の拡充を検討している。現行の労働安全衛生法は、中高年齢者の労災防止のために「適正な配置」のみを努力義務にしている。これではあまりに曖昧で不十分だ。 指針で示す具体策などを努力義務として、指針に法的根拠を与える改正を目指している。法整備を実効性ある対策への一歩にしたい。 国は年金受給年齢を引き上げるなど、高齢者の就労を制度面で促してきた。高齢者の実情に応じた労災防止の仕組みを整えるのは当然である。
西日本新聞