カナダでミシュラン2つ星を獲った鮨職人・齋藤正樹の流儀「カウンターでYouTubeを観始める客には二度と来なくていいよって伝えます」
カナダの食を変える種まきは多岐に渡る。姉妹店「MSSM」をおまかせ98ドルとしたのは、現地の学生をターゲットにしているためだ。 「カナダ人の若い子の間で鮨を食べる文化はなくて、食べてもカリフォルニアロール。彼らに対して、僕がどんなに江戸前は凄いと言っても来られないと意味がないので、鮨の入口としてバイトを頑張ったら来られるくらいの店を作りました。さすがに日本の食材は使えないけど仕込みは江戸前。それを食べることによって鮨の概念が変わると思うんですよ。彼らが5年後、10年後、リッチになった時、うち(Sushi Masaki Saito)に来てくれればいいなっていうストーリーです」 トロントで調理系のコースがあるジョージ・ブラウン・カレッジでは講師として立ったこともあり、学校に年間3万ドルを寄付。日本の行政とも結託して、交換留学を企てていたりする。姉妹店で言えばフレンチジャパニーズのレストランも構想中だ。 トロントに移り住んで6年が経ち、「人がいい、街もいい、空気もいい。僕、本当にカナダに住むのが好きで」と齋藤さん。 「僕は言うことは一丁前ですけど、人間として全然トップレベルじゃないんで、仕事したくないとも思いますよ。でも、単純に昔から鮨が一番好きでいまもそう。食べもののなかで一番鮨が旨い。鮨屋やるのは大変なんですけどね(笑)」 心地よい街を舞台に一番好きな鮨で勝負をかけるシェフは、動機もビジョンもすべて明確だった。「3年後、5年後に見ていただければだいぶ変わっていると思います」と話す日本人が、カナダに新たなフードカルチャーを作り、双方の架け橋となっていく。
● 大石智子(おおいし・ともこ)
出版社勤務後フリーランス・ライターとなる。男性誌を中心にホテル、飲食、インタビュー記事を執筆。ホテル&レストランリサーチのため、毎月海外に渡航。スペインと南米に行く頻度が高い。柴犬好き。Instagramでも海外情報を発信中。
文・写真/大石智子