カナダでミシュラン2つ星を獲った鮨職人・齋藤正樹の流儀「カウンターでYouTubeを観始める客には二度と来なくていいよって伝えます」
実際、この日の取材後、お手洗いを借りてから帰ろうか迷っていた時に、女性スタッフから「お手洗い行かれますか?」と声をかけられた。接客の話は1時間前に済んでいた頃だったので不意打ちで、こういうことかと嬉しくなった。店には、いい人だけが残っているらしい。 「ただ言われた動きをして、おしぼりを頼まれてから持っていくのは、僕の姪っ子や甥っ子でもできます。20~40歳台の人たちがここで働く必要があるのは、僕の姪っ子たちよりも現時点のIQが高いから。それなのに、考える能力があっても考えない人がいる。だから世間で飲食店の店員やレジ打ち、警備員とかが低くみられたり、年収400万円以下だったりする。 でも人によっては違うじゃないですか。その職種で日本一決定戦をやった時に日本一の人がいたら、僕はその人はどこでも働けると思っています。なぜかというと人間レベルが高いから。何かしらの意志と思考があって、こういう風にやった方がいいんじゃないかって、トライを反復し続けて、たどり着けるレベルがあります。 現段階での最高のパフォーマンスを表現できる人間を僕は欲しいわけであって、水くださいと言われてから出すだけの従業員はすぐクビですね。このプレッシャーを面接の時に言うと、9割は入りません。大半の若い日本人はワーホリで来ているか学生で、生活のためのチップが欲しくて高級店を選ぶ感覚なんです。逆に入ったらほぼほぼ長くて、人の入れ替えはそんなに多くはないんですよ」
近い将来、変わっていくために
近年、海外と日本の鮨職人の収入差がメディアでよく話題となる。よりよい収入を求めて海外に挑戦することをどう感じているだろうか? 「いまの時代だからこそ、ありじゃないですかね。ただ、現時点で海外にいる鮨職人に本物が少なすぎるがゆえに、経験ちょっとありますって日本人を引っ張ってくることもよくあります。日本だとたぶん年収300万以下の見習いだったのが、600万あげるからおいでみたいな感じで釣ることが出来てしまうのが現状。それってそこまでしか稼げなくて、もっと上へ行くには、やっぱり育ててくれるいい先生が必要です。 中学校の野球部に1カ月だけ日本代表の監督を招いたら、モチベーションやマインドも絶対変わって強くなれるはず。それと一緒で、ある程度の給料で満足して鮨シェフの伸びしろを捨てるのか、という話になってきます。だから、日本でも店を任せられるぐらいの人間が海外に来て、年収1000万円ぐらいから始めるのがおススメですね。ちなみに僕の下に来る人間に関しては、見習いから入っても日本より稼げて、僕が先生として天才なんで幸せだと思います(笑)」 その教え方とは? 「時代に合ってないのは分かっていますけど、“見て覚えろ”を重視しています。僕の“見て覚えろ”の解釈は、見てたから分かるよね、じゃないんですよ。見るっていう意識レベルが大事なんです。自分の仕事ばかりじゃなくて、観察する能力がないと鮨職人はダメで、これが最終的な接客に表れます。 昔の人もきっとそれを言いたかった。鮨屋って究極の接客業で、至近距離でグローブを使わずに素手で握ったものを抵抗なしに食べさせる。鮨だけですよこれって。それをやるためには、究極の配慮が必要です。なので、“見て覚えろ”を、仕事を遅く覚えさせる意地悪だとか、間違った教え方だと日本で言う人いますけど違います。注視させること、視野を広げさせる教育なんです。なおかつ僕は魚の構造も理論値から教えます。そうやって教えた職人が、北米で独立してくれたらそれが一番ベストですね」 和食の本格筋の料理人もまだ少ないカナダ。日本食全般、挑戦しがいはあると話す。 「もっと色んな人たちが来るべきですし、カナダは面白いですよ。うちのグループで働いてほしい店を提案することもできると思います。すべてのロケーションが僕のパートナーのカナダ系香港人の持ち物なので、家賃を払わないんですよ。彼のメインビジネスは別にあるんで飲食店をカバーしやすい。 場合によっては日本と行ったり来たりで料理人をするのも可能です。まあ、そうやって口で言うのは簡単で、実際やるのは大変ですが、カナダで商売する時は僕に言ってくださいっていう感じです。ラーメン屋でもポップアップでも、何でも条件次第ですね。コネクションを繋げられますし、お金を出してほしいとか、僕はコンサルの会社もあるんで、そこを頼ってください」