30代で再びアイドルになるには 里見U「平成敗残兵すみれちゃん」(147回)
かつてアイドルグループ「ファーストラバーズ」のリーダーを務めていた東条すみれ。アイドルの夢破れた今は家賃3万円のボロアパートに住み、酒、タバコ、パチンコが大好きなスナック勤務31歳になっていた。自堕落な日々を送っていた彼女がイトコの男子高校生・雄星(ゆうせい)に口説かれ、「同人アイドルの頂点」を目指すことに――。2024年に「ヤングマガジン」(講談社)で始まった『平成敗残兵すみれちゃん』(里見U)は、三十路を迎えた元アイドルが令和の世でリベンジを狙うという異色の物語だ。 アラサーのダメ女に過ぎなかったすみれは、雄星のプロデュースによって着実に同人アイドルの階段を登っていく。雄星がスマホで撮った写真集から始まり、イベントでコスプレして写真集を手売り、SNSの運用、プロカメラマンによる写真集、ショート動画、ゲーム会社のイベントでコスプレ。もっとも、その道のりは決して順風満帆ではない。無断で出したコスプレ写真集が版権元の会社に見つかって示談金を支払わされたり、10本500万円という条件のAV出演や枕営業の誘いなど、山あり谷あり。知られざる同人アイドル活動の舞台裏が描かれるのも興味深い。 第2巻ではAV制作会社の社長になったアユミ、最新第4巻では同人マンガ家「すしカルマ」こと颯子(そうこ)など、同じく三十路を迎えたファーストラバーズのメンバーも次々と参戦。人間的にはダメダメで、ときには読者が引くような事件も起こすが、頼まれるとイヤとは言えない姉御肌のすみれはどうにも憎めない人物だ。クールで頭が回る今どきの高校生に見えて、内心は「あこがれだったイトコのお姉さん」を再び輝かせたいと純粋に思っている雄星のキャラクターもいい。色恋の絡まないふたりの関係性がすがすがしく、応援せずにいられなくなる。 31歳の女性がアイドルになる作品といえば、2013年からマンガ誌「MELODY」(白泉社)で連載していた『31☆アイドリーム』(種村有菜)があった。中学時代にクラスのマドンナだった美少女・出口千影(ちかげ)は、なぜか一度も彼氏ができないまま31歳になり、同僚たちから「喪女(もじょ)」と呼ばれる存在に。「青春をやり直したい」と思った千影は、飲むと数時間だけ15歳の姿に戻れる奇跡の若返り薬「アイドリーム」によって、15歳のアイドル出口あかりとして芸能界にデビューする。 同じ31歳でも、千影が昭和生まれ(80年代)なのに対して、すみれは平成生まれ(90年代)。2013年の31歳は15歳にならなければアイドルなど目指せなかったが、今はそんなことはない。現実の芸能界を見ても、1977年生まれのほしのあきは30代になってもグラビアを続けて話題になったものだが、今ではえなこや篠崎愛など30代でも第一線で活躍しているグラビアアイドルは珍しくない。晩婚化も進み、30代の女性が独身なのも当たり前になってきた。 大手事務所に所属しない同人アイドルやコスプレイヤーが脚光を浴びるようになったのも最近のこと。そう考えると、『平成敗残兵すみれちゃん』は今の時代だからこそ成り立つ設定なのだろう。 (文・伊藤和弘)
朝日新聞社(好書好日)