ノーベル経済学賞受賞者が警告する「現代版ファシズム」の脅威
カギは国家・社会間の力の均衡
──トランプ次期大統領には、分断を煽るような発言が目立ちます。しかし、米国の有権者は再び彼を選びました。 ロビンソン:支持者の心情を理解するには、トランプという人物をひとつのパッケージとしてとらえる必要がある。有権者は彼の訴訟沙汰を快く思っていないが、経済や移民をめぐる政策などを気に入った。つまり、プラスがマイナスを上回ったのだ。しかし、その結果、グローバルな気候変動対策である「パリ協定」からの離脱など、米国の国際協定離れが進むことになる。 ──米国民は、新政権にも「足枷」をはめることができるのでしょうか。 ロビンソン:わからない。現在、米国の国家と社会の力関係は危機に瀕している。4年前、トランプ次期大統領は米国の民主的選挙の結果を覆そうとした。真の懸念は、彼の政策がうまく機能しないことがわかったときに何が起こるかという点だ。 トランプ次期大統領への支持は任期内に大きく落ち込むだろう。その際、彼は(権力を維持すべく)選挙制度の修正に動くのではないか。リヴァイアサンの「足枷」をめぐる力学が脅威にさらされているという意味で、米国は大きな危機にある。 ■カギは国家・社会間の力の均衡 ──大統領の権力乱用を防ぐべく、合衆国憲法には「抑制と均衡」が盛り込まれています。一方、連邦最高裁による「免責特権」という判断を受け、大統領は「法を超越した」という批判もあります。 ロビンソン:それでも「足枷」をはめられるかどうかが問題だ。合衆国憲法は、トランプ次期大統領のような人物のためにある。(合衆国憲法の起草に携わった)ジェイムズ・マディソンは論文集『フェデラリスト・ペーパーズ』のなかで、「人間が天使だったら、憲法は必要ない」と書いている。 『国家はなぜ衰退するのか 権力・繁栄・貧困の起源』(上下巻、共著ダロン・アセモグル、鬼澤忍・訳、早川書房)で触れたように、合衆国憲法の弱体化を狙う動きは過去にもあった。『自由の命運』で説明したが、二極化が進み、市民が政治制度を信頼していない国は深刻な状況に陥りかねない。現在の米国がまさにそうだ。 「足枷のリヴァイアサン」を維持するためのカギは国家・社会間の力の均衡だ。国家と社会が競争・制御し合う良好な力学が働いている国では、国家も社会も力強さを増す。だが、新政権下では、ポピュリスト的で独裁的な国家が社会を支配するようになるだろう。大統領が合衆国憲法や政治制度を信じていないだけでなく、市民も制度の無効化を支持しているのが問題だ。 ──国家は「The Narrow Corridor(狭い回廊)」(『自由の命運』の原題)を歩む必要があるそうですね。自由の獲得は「点」ではなく、「プロセス」だからだと。 ロビンソン:そうだ。「狭い回廊」とは、国家・社会間の力の均衡が保たれている場所だ。国家、社会双方が「足枷のリヴァイアサン」に向かって進化していくプロセスだ。米国は目下、「狭い回廊」内にとどまっているが、数年後のことはわからない。 ──日本や西側諸国は、「狭い回廊」を歩み続けるために何をすべきでしょうか。 ロビンソン:民主主義の再編が必要だ。自由放任主義は1930年代に社会民主主義へとかたちを変え、その後、未曽有の繁栄と民主主義の普及をもたらした。私たちも今、民主主義の理念や政策を再考案すべきだ。希望はそこにある。そして、日米の強固な同盟関係継続を願っている。 ジェイムズ・A・ロビンソン◎1960年、イギリス生まれ。シカゴ大学公共政策大学院教授。政治経済学者として、これまで『国家はなぜ衰退するのか』『自由の命運』(早川書房)などを出版。国家と社会の関係を分析し、共著のダロン・アセモグルらと2024年にノーベル経済学賞を受賞。
肥田 美佐子