音楽家にとっての「成長」とは? ジョーダン・ラカイが語る人生とクリエイティブの再発見
成長を重ねた今、再発見した音楽の魅力
―プレスリリースに「僕がなぜ音楽を好きになったかについて立ち返りたいと思った」とありました。そのきっかけってありますか? ジョーダン:ミュージシャンになって年月がたち、音楽が少し分析的すぎるものになっていたんだ。昔ほどに楽しめなくなっていた。誰でもそうだと思うけど、16歳から24歳の時って、聴く音楽のすべてがエキサイティングで「これが一番だ!」って思ったりすよね。僕はそう感じた音楽、最初に恋した音楽に立ち戻って、今も同じ気持ちになれるのかを知ろうとしたんだ。 ―どうでした? ジョーダン:実際、なれたよ。スティーヴィー・ワンダー、フランク・ザッパ、ハイエイタス・カイヨーテ、ロバート・グラスパー……その時代、僕が大好きだったアルバムを聴き直したら、その興奮が僕の中にまだ残ってたんだ。それを自分の曲のエネルギーにして、エキサイティングな気持ちを持ち続けようと思った。自分の音楽がプロセス・ベースになり始めていた気がしていたから。楽しい!って気持ちに戻りたかったんだ。だから、新作の曲の多くには楽しいエネルギーが満ちている。分析的に考えすぎることなく、感情がベースになったアルバムなんだよ。 ―他にはどんなアーティストを聴き返しましたか? ジョーダン:3つの段階に分けて聞いた。まずは子供の時の音楽。スティーヴィー・ワンダー、ダニー・ハサウェイ、カーティス・メイフィールド、言ってみれば親の世代の音楽だ。次はディアンジェロ、ア・トライブ・コールド・クエスト、コモン、ザ・ルーツといったソウルクエリアンズのアーティストたち。あと、10代の頃はポップスとかR&Bも好きで聴いてたから、アッシャー、ニーヨ、クリス・ブラウンだね。そういった様々なサウンドをブレンドして、自分のフィルターを通し、クラシックだけどヒップホップ寄りでモダンな自分なりの音楽を作ろうとしたんだ。 ―あなたは成長して洗練されたミュージシャンになり、レベルの高い音楽を作っていますよね。そんな今のあなたが子供の頃に聴いていたものを改めて聴き直して、何か発見はありましたか? ジョーダン:名曲だと言われるマーヴィン・ゲイの「What’s Going On」やスティーヴィー・ワンダー「Isn’t She Lovely」は、実は驚くほどシンプルだったよ。コード進行はちょっと変わってたりするけれど、実にシンプルな方法で音楽的な瞬間を捉えている。それってすごいことだよね。だって10代、20代の僕は奇異なアイディアを見つけること、アバンギャルドで抽象的な面白いコードを探すのに必死だったんだ。僕のヒーローたちもそうしてると思っていたから。ところがプリンスやディアンジェロでさえ、アイディア自体はとてもシンプルなものが、レコーディング過程で面白い作られ方をしていたことが今の僕にはわかる。その事実は僕を謙虚な気持ちにさせるし、もっと物事を簡単にしてもいいんだと思わせてくれた。同じメッセージを伝える別の方法があるんだな、ってこと。発見があったとすれば、過度に複雑化させなくても美しい曲は作れるし、それが真実なんだってことだね。 ―これまで自分でいくつもの楽器を奏で、ビートメイクも行ない、編集やミックスも自ら手がけてきました。でも、前作『What We Call Life』ではバンドと共に録音したものに編集を施していましたよね。新作の制作のプロセスはどんなものだったのでしょう? ジョーダン:今回はオールドスクールなプロデューサー的手法というか。プロデューサーである僕がコントロールルームから、ミュージシャンに指示を出していたんだ。ミュージシャンには各自の楽器で自分の特色を出して試してもらった。ただそれは難しさを感じることも多々あって……これまでは常に自分一人で全てやってきたし、僕には完璧主義者、コントロールフリークという一面がある。だからしょっちゅう自分に「僕だけが気にしている些細なことだから心配する必要はない。僕が考えすぎているだけ。技術的な細かいことより、フィーリングを優先させよう」って語りかけたんだ。 実際、曲の多くはフィーリングがベースの作り方だ。たとえば「Trust」ではスタジオで全員で1回通して録音をした。いい感じだったら、基本そのまま、あとは少し手を加えるだけ。「正確にここをこう弾け」ではなく、現場のエネルギーを生かすプロダクション・スタイルだね。僕は何もコントロールせず、ミュージシャンたちのヴォイスを生かす。そうすることで僕が想像もしなかったようなことが加わった。言い換えれば、僕がグループの外に立つことで、全体を見渡し、彼らにその力を与えられたんだ。すごく楽しかったよ。 ―「ミュージシャンがやることに委ねて、それを認める」ってことですよね。それって委ねるべきことは子供に委ねて、いい親になるのと似てませんか? ジョーダン:ああ、ものすごくそうだね。新作は自信の一枚が作れたし、自分の持てる全てを注ぎ込んで作り上げたサウンドなんだ。ところがそれが世に出ると、子供が家を出るみたいに、それがどう人から思われようと僕の力は及ばない。できることはすべてやってしまったわけだ。あとは降参して明け渡すしかない(笑)。いいアナロジーだと思う。僕もそのことは何度も考えた。 レコーディングを始めた初期の頃は「なんでも自分が関わりたい」「すべてを思うようにしたい」と思いがちで、それはまさに親になるのと一緒。完璧な親になりたい、スプーンの使い方を教えてやりたい、ってね。でも放っておいても子供は学ぶんだ。手放して、音楽が自然に形なるのを許した方が、あらゆる要素をコントロールしようとするよりもいいってことだよ。 ―新作はシンプルなだけじゃなくて、オーセンティックな歌ものの曲が多いですよね。 ジョーダン:今回はシンガーとしての自分を知ってもらうためのアプローチで取り掛かっていた。これまではプロデューサー、インストゥルメンタル奏者、なんでもやる人、というふうに思われていた。でも今度は僕の声を聞いてほしかった。それは語る物語のテーマが親子関係という、ある種デリケートなトピックだからね。プロダクションやコードやアレンジよりも、声を焦点にしたいってことは当初から考えていた。プロデュースする際は、ヴォーカルの邪魔にならないようにシンプルにしようと心がけ、ヴォーカルをレコーディングする時は、歌詞が持つ感情が間違いなく伝わるように物語を語ろうと心がけた。「シンガーとしてのジョーダン・ラカイ」にとって初めてのヴォーカル・アルバムだと言っていいよ。 ―とはいえ、今までもゲストで起用されるくらい、あなたは優れたヴォーカリストとして知られています。でも、敢えてヴォーカルにそこまで強くフォーカスする動機は他にもあるのかなって思ったんですが。 ジョーダン:僕は家でしょっちゅう歌ってるんだ、子供と妻の前でね。そしたら妻が「今歌っているあなたの声を、世の中の人々はもっと聴くべきだ」って言ったんだ。それがきっかけかな。これまでは自分の声をトラックのレイヤーの一つだとしか考えてこなかった。でも妻の「あなたはどんなジャンルも歌えるし、アドリブも得意、パワフルにもジェントルにもなれる。もっとそのスキルを見せるべき」という言葉に自信をもらったんだ。そこから歌主体の歌詞が書けた。その歌詞の内容の脆く、傷つきやすいメッセージを伝えるには、自分の声が一番適していたというのもある。これは妻のおかげだね。