両腕で歩くミャンマーの牧師と合気道開祖の「最後の内弟子」 Vol.24
まさに「地獄」の様相を呈している――2021年に発生した軍部によるクーデター以降、ミャンマーでは軍事政権の国軍(ミャンマー軍)と、軍事組織としてのKNLAを有するKNU(カレン民族同盟)やカチン州、シャン州、カヤ州などの武装勢力が組織した反政府(反軍事政権)の連合的武装組織PDFの戦闘が激化している。今年に入り、軍事政権はついに18歳以上の国民を徴兵するとまで発表した。 2024年現在、ミャンマーに向けられる視線は「反民主的な軍事政権VS民主化を求めるレジスタンス的武装勢力」の構図一色に塗りつぶされているが、はたしてクーデターが発生する前のミャンマー、そのディテールに目を向けていた者がどれほどいただろうか。 本連載は、今では顧みられることもなくなったいくつかの出来事と、ふたつの腕で身体を引きずるように歩くカレン族の牧師を支えた日本人武道家を紹介するささやかな記録である。
貧民街の新生活
東海の孤島で本間は必死に働いたが、アメリカへの渡航費や借金の清算をすると、手元に残ったのは8000ドル程度であった。その虎の子を懐に入れ、本間は再びアメリカへと旅立った。 デンバーでの新しい住まいはファイブポイントという貧民街の安アパートだった。そこは古いアパートが立ち並ぶところで、犯罪が多い地域として知られていた。低所得層のメキシコ系アメリカ人、いわゆるヒスパニックが多く住んでいたが、貧しい日系人も住んでいた。 そこに住んでいた日系人といえば、年老いた年金生活者か、進駐軍の米兵と結婚し渡米後離婚した婦人、あるいは夢に破れうだつが上がらない男などであった。 その地域のマジョリティであるヒスパニックの少年達は、学校に行かず空き家にたむろしてマリファナを吸ったり、駐車している車の窓ガラスをたたき割ったりして遊んでおり、敵対グループ同士で抗争をしていた。 道路のあちこちには、投げつけられて粉々になったビール瓶や安物ワインのガラス瓶のかけらが散乱していた。アメリカ映画で映し出される下町の貧民街、まさにそんな世界で本間は生活を始めたのだった。