鬼才グー・シャオガンが映画『西湖畔(せいこはん)に生きる』で描く、現代中国の多様性とは?
現代中国で、"人間性"を再発見する。
グー・シャオガン|映画監督 1988年、中国・浙江省生まれ。2019年、『春江水暖~しゅんこうすいだん』で長編デビュー、同年カンヌ国際映画祭の批評家週間のクロージング作品となり、東京フィルメックスで審査員特別賞。23年、東京国際映画祭で黒澤明賞を最年少で受賞。 【動画】『西湖畔に生きる』予告編
風光明媚な中国の浙江省杭州市富陽を舞台にした、大家族の明暗を描いた『春江水暖~しゅんこうすいだん』(2019年)。初監督作にしてカンヌ国際映画祭・批評家週間に選出されたのが、中国の新鋭グー・シャオガン。第2作『西湖畔(せいこはん)に生きる』も、監督が活動の拠点にする杭州市に住む母と息子を巡る物語だ。 「元代の著名な画家、黄公望による山水画『富春山居図』にインスパイアされて撮った『春江水暖』が評価を得た時、"山水映画"という新しいジャンルを探求し、構築したいと思い始めました。本作ではそこに神話や犯罪という要素を加えましたが、出来上がった映画のスタイルには僕自身も驚いています」
前作でこの監督のファンになった観客は、本作を観てそのスタイルの違いに少し驚くかもしれない。現実的な視点で描かれたリアリティあふれる家族のドラマだった前作とは打って変わって、本作は地獄に堕ちた母を息子が救い出すという仏教故事「目連救母」を発想源にした一種の寓話である。アジア全域で絶大な人気を誇る俳優ウー・レイ、ジアン・チンチンという有名俳優のキャスティングも追い風となり、中国では前作を遥かにしのぐ大ヒットを記録した。 「現代の物語を描くという点も僕にとって重要でした。ヒットしたのは、マルチ商法による詐欺というテーマが多くの中国人にとって興味の対象だったからだと思います。10~20年前の中国では、マルチ商法が非常に問題視されていたのです」 実際、監督の親戚も違法なマルチ商法にハマってしまった人がいるのだという。なぜそうした"闇"に人間は陥ってしまうのだろうか。 「『マズローの欲求理論』では、人間は生存の欲求や社会的欲求、承認欲求や自己実現の欲求という高次元の欲求まで5段階に分けていますが、究極的な内側の精神的欲求に関係するのが信仰だと思います。自分がなぜ生きていくのか、その価値を自分自身の内側に見出だせれば、金や学歴といった外界の力にコントロールされることはありません。資本主義社会における現代人の心の不安定さは、信仰の問題と深く結びついていると思います。これは中国だけでなく世界的に起こっていることではないでしょうか」 杭州は巨大EC企業アリババの本社があることでも知られるが、シャオガンの世界は、中国の歴史、大自然の美しさと、資本主義社会における人間の心といった、中国現在の多面性をあぶり出す。 「"山水映画"三部作となる次回作も、"人間性の回帰"がテーマ。家族の情愛と、恋愛を描く映画になる予定です」
『西湖畔(せいこはん)に生きる』
最高峰の中国茶・龍井茶の生産地としても有名な西湖。茶畑の主人と懇意になったことがきっかけで仕事をクビになったタイホアは、足裏シートを販売している怪しげな会社に誘われ、違法なマルチ商法と知らずにビジネスにのめり込む。彼らに洗脳され、別人のようになってしまったタイホアを救うため、息子のムーリエンは一線を越える覚悟を決める......。●新宿シネマカリテほかにて9月27日より全国順次公開。 https://moviola.jp/seikohan/ *「フィガロジャポン」2024年11月号より抜粋
text: Atsuko Tatsuta