コーヒーで旅する日本/関西編|出産経験から得たコーヒーの新たな気づき。「coffee LUTINO」が日常にカフェインレスを広げる理由
全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。 【写真を見る】前職の水族館・城崎マリンワールドではイルカ、アシカのトレーナーとして活躍 関西編の第86回は、姫路市の「coffee LUTINO」。2019年にオープンした店主の小林さんは、水族館でイルカやアシカを飼育するトレーナーから転身したユニークな経歴の持ち主だ。念願の自店を構えたあと、2度の出産経験を通して着目したのがカフェインレスコーヒー。いまやコーヒーの1ジャンルとして定着した感があるが、ここでは店の顔として打ち出している。自身の生活の変化を経たからこその提案で、日常のコーヒーに新たな選択肢を広げている。 Profile|小林沙織(こばやし・さおり) 1986年(昭和61年)、福岡県生まれ。大学で海洋学を学んだあと、城崎マリンワールドでイルカ・アシカのトレーナー・研究者として、約5年勤務。当時、日常の拠り所となっていたカフェに魅力を感じ、開業を目指して東京の調理専門学校・カフェオーナー専攻に入学。卒業後、結婚を機に姫路に移り、ベーカリー・カフェで1年半経験を積み、2018年から「coffee LUTINO」として播磨近辺のイベントに出店。2019年に姫路市内に実店舗をオープン。 ■ドルフィントレーナーからカフェオーナーへ 「子どものころから水族館が好きで、当時は海に関わる仕事に惹かれていました」という店主・小林さんの前職は、なんとイルカやアシカの研究者にしてトレーナー。水族館の花形でもあるショーの舞台にも立った経験を持つコーヒー店主は、全国でも唯一の存在かもしれない。ただ、来観者としては楽しそうに思える仕事は、実は見た目以上にハードなもの。そのころ、小林さんが唯一、リフレッシュできる場が、カフェで過ごす時間だったという。「水族館があった豊岡市内は個人経営のカフェが多くあって、特に家族や友人同士でされているお店は、独自のおもてなしの工夫やこだわりが感じられました」と振り返る。 水族館は、幼いころから希望していた職場ではあったが、同じ女性の先輩は結婚を機に他部署に移ることがほとんど。仕事と出産・育児との両立の大変さ、生涯続けることの難しさも感じていた小林さん。「水族館にいた5年間で、自分が目指した目標をクリアし、後輩も育ってきたタイミングで、あらためて長く続けられる仕事を考えたら、いつも行くカフェのことを思い出して。今度は自分がそういう場を作れたらいいなと。思いついたときには、どんな店にしようかと雑誌のページをめくってました(笑)」 飲食店での経験はなかったが、それでも迷いはなかった。すぐに東京の調理専門学校のカフェオーナー専攻に入学し、経営のこと全般、和洋中の調理、デザート、ドリンクまで2年間学んだ。この時、前回登場したREGREEN COFFEEの大樫さんが、別の校舎で同時期に在籍。後に姫路で同業者として新たな縁を生むことになる。 専門学校の講義では、現役のバリスタが講師を務めることもあり、そこに自分の目指すべき姿を重ねた。「さりげない気づかいや所作、ホスピタリティが素敵で。調理よりもカウンターでの接客に魅力を感じました。それまで意識して飲んでこなかったんですが、目指すならコーヒーの分野だと思いました」と小林さん。元々、水族館のショーで多くの来場者を迎えてきただけに、今もコミュニケーションの取り方や、お客との距離感、人前に立つときの表情は意識する部分は大きいという。 ■初めての出産で得た気づきを活かした独自の提案 卒業後は結婚を経て、夫の仕事の関係で姫路に移住。ここで独立をと考えたが、なにぶん初めてやってきた街。まずは土地柄を知ろうと、姫路の人気ベーカリーが新たに手掛けるカフェのオープニングスタッフに応募。バリスタとして経験を積みながら、常連客やオーナーを通して新天地でのつながりを広げていった。 一方で手回しの焙煎機を使って独自に豆の焙煎も始め、2018年から「coffee LUTINO」としてイベント出店。姫路市内や太子町、加西市など播磨各地のマルシェに参加し、界隈に店の名前を知ってもらうことから始めた。ほどなく1人目のお子さんの出産・育児のため半年ほどの休みがあったが、その間、自宅の新築に合わせて開業の準備を進めた。2019年にオープンした念願の実店舗は、子どもを抱っこしながらのスタートだった。開業時に掲げた“カフェインレスを日常に”という店のコンセプトは、出産を経たからこそ生まれたものだ。 「初めての妊娠期間にカフェインの摂取を気にするようになって、カフェインレスコーヒーを飲むようになったんですが、方々から取り寄せてみてもなかなか気に入るものがなかった。すでにスペシャルティコーヒーが広く普及して、コンビニでも身近なものになってきていた中で、自分の店の個性として何か特化したものをと考えたときに、カフェインレスの選択肢を増やしたいと思ったんです。あるとき、急に日常の環境が変わっても、好きなコーヒーがあったら、その変化も楽しめるのではと思った。特に同じ境遇のママに向けては、自分も実感を持っておすすめできます」。実は、出産を経験するまでは、カフェインレスを手に取ることはなかったという小林さん。置かれた立場や視点が変わって、初めて得られた気づきが独自の提案の原点になっている。 ■ドリンクからスイーツまで、カフェインレスを日常に 近年はメニューにカフェインレスがあるのは珍しくないが、前面に推す店はほとんどない。何より、自らもママである小林さんが勧めるのだから説得力がある。現在、メニューには、レギュラーのコーヒー3種とカフェインレス3種をラインナップ。豆の種類だけでなく焙煎度も異なり、好みに合わせて選べるのがここならではだ。 「年々、カフェインレスのクオリティも上がってきている。以前は味が抜けている印象も多かったですが、風味に影響しない製法が開発され、進化していることも伝えたい」と小林さん。今は中~深煎りまでをそろえているが、浅煎りはプロセス処理独特の匂いを感じやすいため、目下、最適な焙煎を研究中だ。またドリップバッグやカフェオレベース、スイーツにもカフェインレスの豆を使用。秋冬はひと口サイズの珈琲バタークリームサンド、夏はコーヒーゼリーフロートが季節の定番として人気に。開店前のイベント出店の効果もあり、周辺市町から訪れるお客から口コミで広まり、今は遠方からのお客も増えてきている。 「できるだけカフェインレスの商品を作る。こういうコーヒー店が1件くらいあってもいいのではと思う。それがきっかけになって、より多くの人がリフレッシュできる場にしてもらえたらうれしい。先々は焙煎のワークショップをここでしたいですし、また子どもだけの営業タイムを予約制でしてみてもいいかも」と小林さん。コーヒーの製法と楽しみ方が進化した、今だからこその新しいスタイルを体現する一軒だ。 ■小林さんレコメンドのコーヒーショップは「Sticks coffee」 次回、紹介するのは、兵庫県朝来市の「Sticks coffee」。 「店主の南谷さんのことを最初に知ったのは、ブドウ農家として。複業としてコーヒーショップを開店される前に、LUTINOを訪ねてくださったのがご縁の始まりです。開店後は、私もたびたび訪ねていますが、畑の真っ只中にあって、商品開発や非日常を体験できる店作りにすごく刺激を受けています。コーヒーの専門知識も豊富ですが、店ではいたってフランクで、奥様やスタッフの接客も魅力。お気に入りはこだわりのホットドッグと季節の自家製プリンですが、チュロスもフレーバーがいっぱいあって、ついつい買いすぎてしまいます(笑)」(小林さん) 【coffee LUTINOのコーヒーデータ】 ●焙煎機/フジローヤル ディスカバリー(半熱風式) ●抽出/ハンドドリップ(CAFEC) ●焙煎度合い/浅煎り~深煎り ●テイクアウト/あり(500円~) ●豆の販売/シングルオリジン6種、100グラム950円~ 取材・文/田中慶一 撮影/直江泰治 ※記事内の価格は特に記載がない場合は税込み表示です。商品・サービスによって軽減税率の対象となり、表示価格と異なる場合があります。
【関連記事】
- コーヒーで旅する日本/関西編|コーヒーにまつわる“体験”を通して好奇心を広げる、オープンマインドな播磨の新星。「REGREEN COFFEE」
- コーヒーで旅する日本/関西編|グリーンとコーヒーの二刀流で個性を発揮。四季折々に表情を変えるハイブリッドスペース。「GASSE COFFEE & BOTANICS」
- コーヒーで旅する日本/関西編|幼少時の思い出が残る街に再び活気を。いろんな角度で楽しめる、フレキシブルな憩いのスペース「kaku°」
- コーヒーで旅する日本/関西編|シェアロースターで焙煎の間口を広げる、加古川のコーヒーシーンの新たな起点。「播磨珈琲焙煎所」
- コーヒーで旅する日本/関西編|コーヒーを通じてリアルな地元の魅力を発信。「Youth Coffee」が目指す明石の水先案内人