『セクシー田中さん』ドラマの原作改変、悲劇の背景を考える
権利を守ろうとした原作者側が訴えられた裁判
原作の改変を巡っては裁判になったこともある。2012年、NHKはドラマ化の許諾を得て撮影入り直前だった作家・辻村深月(みづき)氏の小説『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』(講談社文庫)について、同氏から許可を取り消されたため、ドラマ化の権利を管理していた講談社に対し、支出済み費用6000万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こした。 辻村氏が許諾を取り消したのは、主人公とその母親の関係の描き方が、原作と脚本では大きな隔たりがあったから。辻村氏は何度か修正を要請したが、折り合わなかった。同一性保持権を守ろうとした原作者側が訴えられるという構図は異様だ。 脚本に不信感を抱いた辻村さんは、法廷で「大切な作品をお嫁に出せない」と訴えた。講談社側はドラマ化作品が多数ある作家の東野圭吾氏による陳述書を提出。そこには「原作者が許可した改変のみ許される」との見解が書かれていた。 最終的に東京地裁は2015年、NHKの請求を棄却する。辻村氏自身が脚本を承認していなかったことから、「契約は成立していなかった」と判断した。 NHKは東京高裁に控訴したものの、やがて和解した。このドラマ化にあたっての契約もNHKと講談社の間で、文書では締結されていない。他の業種のビジネスパーソンには信じられないのではないか。
芦原さんの悲劇を繰り返さぬために
今回の問題で芦原さんとSNS上で対立するような形になってしまった『セクシー田中さん』の脚本家は2月8日、自身のインスタグラムに「大きな衝撃を受け、いまだ深い悲しみに暮れています」と投稿した。 脚本家は原作を脚色する立場でありながら、芦原さんが日テレに示していた条件を知らされてなかったらしい。ドラマ化の経緯を振り返った芦原さんのブログについて、「私にとっては初めて聞くことばかり」「言葉を失いました」と記している。 さらに「もし私が本当のことを知っていたら、という思いがずっと頭から離れません」と悔悟の念をつづった。 日テレは2月15日、『セクシー田中さん』の原作漫画の読者や、視聴者、出演者らに「多大なるご心配をお掛けしていることを深くお詫びします」と謝罪した。小学館や外部有識者の協力を得て、ドラマ制作部門から独立した社内特別調査チームを設置することも発表。「早急に調査を進め、真摯に検証し、全ての原作者、脚本家、番組制作者などの皆さまが、より一層安心して制作に臨める体制の構築に努めていく」と声明を出した。 芦原さんの死から2週間以上が過ぎていた。遅すぎる。これも他業種のビジネスパーソンには信じられないだろう。 2月22日には、日テレは小学館が出版する別の漫画が原作で、4月から放送予定だった連続ドラマの制作を見送ると明らかにしたことが報じられた。両社が協議した結果だという。原作者の権利を守るためだと思いたい。 芦原さんの悲劇を繰り返さぬためにも、日テレと小学館は事実関係をしっかりと調査、公表することが必要であり、ドラマの制作現場では今後、契約書作成と同一性保持権の尊重などコンプライアンス意識の徹底が求められる。 (ブログなど引用部の用字は原文のまま) よりそいホットライン 0120-279-338=24時間対応 いのちの電話 0120-783-556=午後4時~9時 0570-783-556=午前10時~午後10時
【Profile】
高堀 冬彦 放送コラムニスト、ジャーナリスト。大学時代は放送局の学生AD。1990年のスポーツニッポン新聞社入社後は放送記者クラブに所属し、文化社会部記者と同専門委員として放送界のニュース全般やドラマレビュー、各局関係者や出演者のインタビューを書く。2010年の退社後は毎日新聞出版社「サンデー毎日」の編集次長などを務め、2019年に独立。