退職後「不幸になる人」と「幸せになる人」の決定的な差、ハーバード大の研究で判明
● なぜ仕事を辞めるのは こんなにも難しいのか 佐藤 日本でも「いつ退職するか」悩んでいる中高年はたくさんいると思います。米国の人たちは、どのようなきっかけで退職を決断するのでしょうか。 アマービレ それについて詳細な調査をしたわけではありませんが、経済的な問題や健康問題を抱えていない人たちが退職を決心する要因としては 「プッシュ」要因と、「プル」要因の2つがあることが分かっています。 「プッシュ」要因とは、退職を後押しする出来事のこと。たとえば、やりがいがあって、ワクワクするような仕事を任せてもらえなくなった、誰でもできるような単純作業を割り当てられた、創造的な仕事に携われなくなった、などです。あるいは、会社の文化や雰囲気が昔とは変わってしまった、嫌な上司のもとで働かざるをえなくなった、望まない部署に異動になった、なども、プッシュ要因となります。 「プル」要因とは、「もっと時間を使いたい」と思う仕事以外の活動のこと。体が元気なうちに山登りやダイビングを楽しみたい、家族や友人とゆったりとした時間を過ごしたい、などがプル要因となります。 一般的には「プッシュ」と「プル」の両方の要因が重なって、退職を決心するケースが多いですね。 佐藤 日本企業のビジネスパーソンにとって、最も難しいのは「(2)仕事から自分を切り離す」プロセスだと思います。なぜ仕事を辞めるのは、こんなにも難しいのでしょうか。 アマービレ 私たちの調査では、自分の肩書を誇りに思っている人ほど、フルタイムの仕事を辞めることに強い心理的な抵抗を感じることが分かっています。その理由は主に3つあります。
1つめは、退職すれば、肩書がなくなり、自分のアイデンティティーが失われてしまうこと。たとえば、私たちが自己紹介をする際、「私は教授です」「私はエンジニアです」「私は部長です」といったように、職業や職責とともに名乗るのが、当たり前になっていますよね。それを手放すというのは、誰にとっても不安なこと。退職を躊躇(ちゅうちょ)するのも、無理はありません。 2つめが、仕事でつながった人脈や仕事上の付き合いを一気に失ってしまうこと。それまで仕事中心の人生を送ってきた人にとって、仕事関係のスケジュールがなくなってしまうのは感情的にも受け入れがたいものです。 3つめが、生活リズムが崩れてしまうこと。会社に勤めていれば、何時に会社に行って、何時に帰るといった形で1日の時間割がほぼ決まっていますが、退職を機にそのスケジュールが一変してしまいます。何十年も慣れ親しんできた仕事中心の生活リズムが変わってしまうことは、大きな不安をもたらします。 ● 退職をきっかけに息子の住む町へ引っ越し… 順風満帆に見えた引退生活が破綻した 佐藤 著書では14人の退職者の事例を取り上げていますが、その中で、退職後、最も不幸になってしまったと感じたのは誰ですか。 アマービレ いちばんつらい思いをしたのは、ローレンス(仮名)ではないでしょうか。現役時代から取材を始め、退職後も数年間にわたって追跡調査をして合計11回、インタビューしましたが、その退職後の人生はまさに波乱万丈でした。 ローレンスはもともと会社の財務部門で管理職を務めていたこともあり、在職中から退職後の生活を見据えて、綿密なファイナンシャルプランをたてていました。