「直接は言えない言葉も、詩歌に託せば形にできる」俵万智さんが1527首の中から選ぶ「愛」の14首<佳作>【解説付き】
ガラスの靴持ったあなたは来ないからスニーカー履いて走って行くね (東京都・吉田成美) ●評● シンデレラのように幸運が舞い降りるのを待つのではなく、自分から幸せをつかみに行くという宣言が頼もしい。壊れ物のガラスの靴と歩きやすいスニーカー。二種類の靴の対比が鮮やかだ。 老親の「うまかったあ」に支えられはてなき恩とただ向かいあう (茨城県・居嶋悦子) ●評● 親御さんの日々の食事作り。それに象徴される介護の歌だろう。上の句は、言葉というものの素朴で確かな力を感じさせる。果てがないのは、親からの恩であり、これから続く介護でもある。 センダン草君のお尻にくっついて毛に絡まってやれやれ秋は (愛知県・山内美香) ●評● センダン草は、いわゆるひっつき虫。子どもの服や髪にくっつくと、なかなかやっかいだ。「くっついて」「絡まって」が、とてもリズミカル。やれやれと言いながら、楽しんでいる感じがいい。 朝採りのホウレンソウをお浸しに無口な息子が「おいしいね」と言う (長野県・酒井千代美) ●評● 朝に採って、さらにお浸しにするのは、結構な手間隙である。けれど、そんな苦労も吹き飛ぶ息子のひとこと。ふだん無口なら、なおさら嬉しい。本当に美味しいものは伝わるのだ。愛情とともに。
嫁いびり忘れる介護姑のもはや可愛い口にひと匙 (山口県・匿名希望) ●評● 自分をさんざんいびった姑の介護をしている。たとえ相手が忘れても、受けた仕打ちはなかなか忘れられないもの。けれど、それを乗り越えたのだ。「もはや」にこもる達観が素晴らしい。 バッテリー減るのが遅い1日はいつもあなたと過ごした1日 (大阪府・福田孔明) ●評● スマホのバッテリーだろう。SNSや動画をついつい見てしまうこともなく、なぜか減らない日がある。そうか、それはあなたと過ごす日だ。バッテリーに語らせて、二人の時間の充実が、伝わってくる。 愛想よくジャムとボトルの蓋緩め又今度ねと息子は帰る (新潟県・薬師寺保子) ●評● なんて可愛くて頼りになる息子さんだろう。ニコニコと力のいる仕事をして、さっと帰ってゆく。上の句の「ジャムとボトルの蓋」という具体性が効いている。場面が目に浮かぶというのは大事なことだ。
俵万智
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