わずか中3日で何が…川崎に起こった変化 「試されている」欠場組が示した“らしさ”【コラム】
「ないものねだりのような言い方になっちゃいますけど…」
相手選手にマークされながら突っ込んできた瀬川が、股を開いてボールをスルー。意表を突くプレーに相手は誰も反応できず、下がりながらの対応となったMF遠野大弥もボールを見送ったところへ、満を持して飛び込んできた際が右足を振り抜いた。瀬川は「感覚ですね」と以心伝心のスルーだったと打ち明けた。 「味方の誰からも声はかかっていませんでした。でも、自分の後ろに(遠野)大弥がいるのはわかっていたし、さらには(ファンウェルメスケルケン)際も飛び込んできているかな、と。なので、自分がシュートを打つよりも、後ろの選手が打った方がいいという判断でスルーしました。あとは自分についてきた相手選手がもしかしたらシュートに触るかもしれないと思い、そうなった状況への準備をしよう、といった感じでした」 今シーズンの川崎が前半だけで3ゴールをあげたのは2度目。5月11日の北海道コンサドーレ札幌とのJ1リーグ第13節では、すでに退団しているFWバフェティンビ・ゴミスが元フランス代表の実力をこれでもかと発揮して、前半30分、43分、アディショナルタイムの48分と立て続けにゴールネットを揺らした。 対照的に中国スーパーリーグを制したばかりの上海海港戦では、複数の選手が前へ、前へとなだれ込んで作ったチャンスを確実にものにした。逆に1日の鹿島アントラーズとのJ1リーグ第35節では前半だけで立て続けに3ゴールを奪われ、小林をして「気持ちの部分でまず負けていた」と言わしめる完敗を喫していた。 わずか中3日で何が川崎を変えたのか。リザーブだった鹿島戦から、ゲームキャプテンとして先発フル出場したDF丸山祐市が「自分も含めて、鹿島戦に出なかった選手が試されている部分もあった」と語ったように、鹿島戦を欠場した際、途中出場だったエリソン、そして瀬川がチームを内側から変えた。 特に言葉よりもプレーで、闘志を介して背中を大きく見せながら川崎を引っ張り続けた瀬川は、鹿島戦後に厳しい口調で檄を飛ばした鬼木達監督の存在をあげながら、こんな言葉を残している。 「鹿島戦でプレーしていた選手も、見ていたファン・サポーターの方々も、絶対によくないと感じていたと思う。そこでオニさん(鬼木監督)がさらに厳しく言ってくれたおかげというか、それでしっかりと切り替えて、僕たちに足りなかったものを今日の試合で絶対に体現する、という意識をみんながもっていたと思う」 もちろん一過性で終わってしまえば、上海海港を3-1で破った勝利の価値も半減してしまう。特に前半に見せた“川崎らしさ”を、どのようにして今後へつなげるのか。瀬川が川崎全員の思いを代弁する。 「チーム全員の力が必要だし、出た選手、リザーブの選手全員が今日と同じというか、今日よりも高い強度でプレーしながら、なおかつフロンターレのサッカーをする。ないものねだりのような言い方になっちゃいますけど、全部できるのがフロンターレなので。とにかくいまは結果がすべてだと思いますし、次はアウェーなので手堅く、しょうもない失点をしないように、それでいて自分たちのサッカーをする。それに尽きると思う」 再び中3日の9日には敵地での京都サンガF.C.戦が待つ。過密日程で先発陣の顔ぶれも変わるかもしれないし、チーム事情で瀬川も再び別のポジションを任されるかもしれない。それでもチャンスを手にした全員が気持ちを高ぶらせ、まずは相手を上回る。技術や戦術以前に求められる勝利への羅針盤を瀬川が教えてくれた。 [著者プロフィール] 藤江直人(ふじえ・なおと)/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。
(藤江直人 / Fujie Naoto)