<ボクシング>長谷川が大阪城ホールに残した感動
妻が語った戦い続けた理由
いつも負けた試合の後には目を晴らしている妻は、吹っ切れたように笑っていた。この3年間、長谷川は、幾度となく、妻に引退の二文字を口にした。なかなか巡ってこない世界タイトル戦のチャンス。怪我も癒え、前哨戦をクリアしても世界戦の話が浮上しては消えていった。 「世界戦がでけへんのやったら意味がない」 三十路を手前にしたアスリートの1年は、まるで命を削られていくような1年である。それでは、長谷川は、一線を踏み越えなかった。妻は、その理由を知っていた。 「納得のいく負け方じゃなかった。抜け殻のような気持ちで戦って、ボクシングを嫌いになったまま辞めていきたくはない。勝っても負けても、自分のすべてを出し尽くした、そういう納得にいくボクシングをやって、ボクシングを好きになって辞めたい」 長谷川は、そんな話をしたという。3年前、ジョニー・ゴンザレスに敗れ、WBCの世界フェザー級王座を手放した試合が、ボクサー長谷川にとって、ずっと心残りの試合だったのである。泰子さんに、「今日の試合は納得したでしょうか?」と聞いてみた。 「負けたけど、こんなに感動させてくれたんですから」 事実上のWBOとのバンタム王座統一戦となったモンティエル戦で顎を折られてから、無造作なパンチをもらうようになった。足の怪我が多くなり、カミソリのようなキレのあるカウンターも影をひそめるようになった。確かにボクサー長谷川は、終焉に近づいていた。だが、長谷川は、この日、逃げなかった。「打ち合わなくていいから!」。ボクシングをよく知るファンが、そんな風に叫んだ。これまで長くボクシング会場をウロウロしていて、そんな声を初めて聞いた。同情されるようになれば終わりかもしれない。私には、それは同情には聞こえなかった。目をむき、歯を食いしばって、勝負に行った、ボクサーの魂が、会場に感動のシンパシーとなって伝わったのだ。長谷川は、その名に恥じないボクシングをラストファイトで見せてくれた。 挑戦者は、控え室に帰ると「しんどい」と訴えて、記者との応対を遠慮して、病院へ直行した。真っ暗な駐車場でワゴン車に乗り込む寸前に、報道陣に「ありがとうございました」と深く頭を下げた。私には、それは、長谷川のボクサー卒業の挨拶に聞こえた。山下会長は、「本人の意志を尊重したい。モチベーションが途切れたらそこで終わりやからね。練習から含めて完全燃焼はしたと思う。これが結果やしね。控え室では、今後の話などしなかった。明日、すぐに回答は出ない。ボクシング界に貢献してきたボクサー。なんらかの場を設けます」と語った。その後、ジムから「眼下底骨折及び鼻骨骨折」であったことが発表された。 (文責・本郷陽一/論スポ、アスリートジャーナル)