デジタルで「歩く文化」を根付かせ都市と自然をつなげたい ヤマップ代表取締役・春山慶彦
ヤマップ代表取締役、春山慶彦。470万ダウンロードを数える登山アプリの雄、ヤマップの創業者、春山慶彦は、土に親しむことを愛し、携帯電話を持つのも嫌がるような、時代のツールを軽蔑する男だった。冒険家を夢見て旅し山に登り、そして写真を撮り文章を綴る。そんな彼が一転して最新のテクノロジーの世界に向かったのには、3・11があった。 【写真】自宅そばの福岡城でラジオ体操をするヤマップ代表取締役・春山慶彦さん * * * それは春山慶彦(はるやまよしひこ・44)が2011年5月、大分県のくじゅう連山を歩いているときのことだった。「九州の屋根」と呼ばれるそこは1700メートル級の山々が連なり、通信電波の圏外にある。当然グーグルマップは役立たない。それなのに、ふとスマートフォンの画面に目を落とすと、地図上に自分の位置を示す青い点が表示されているのに気がついた。通信回線やインターネットはつながらないが、人工衛星によるGPS測位は奥深い山中でも生きていたのである。 それを見て雷に打たれたような衝撃が身体に走った。「『おまえはこれをやれ』と言われた気がしたんです」。このとき彼は30歳。自身が20代で経験してきたことのすべて──アラスカにおける狩猟や星野道夫にあこがれて始めた写真、そして数々の旅や登山が、これに収斂(しゅうれん)してくるような感覚を得たのだ。前年に1200キロの道のりを60日間かけて歩くスペインのカミーノ・デ・サンティアーゴの巡礼の旅を経験し、車や鉄道の旅と異なる「歩く旅」の醍醐味(だいごみ)を再認識していた。いざ巡礼道を己の足で辿(たど)って初めて、村や風景や人々、つまり世界を知ることができる、と気がついた。それは現代人が失っていたものだった。 「歩く旅」を再興せよ──。 まるで「天啓」のように山道でそうひらめいた。春山は後に京セラ創業者の稲盛和夫の言葉を借りて、それを「宇宙意志」と表現する。
それまで春山は郷里の福岡で写真家として生きようとしていた。しかし、この年の3月11日に日本を襲った東日本大震災と東京電力の福島第一原発事故によって、その人生行路は大きく進路を変えていく。「1945年に原爆が2回も落ちた日本で、今度は原発が爆発し、故郷を離れざるを得ない人たちがいる。こんな、とんでもない時代に生きているのに、果たして自分の写真表現が社会にインパクトを与えられるだろうか、と思ったんです」。あの3・11を踏まえて自身も何らかの形で社会に一撃を与えるようなことをやってみたい。しかし、そのツールはもはやカメラではなかった。選んだのは、このころ急速に普及し始めていたスマホ。「電波の届かない山の中でも、GPSを使って自分の位置がわかるような仕組みを作ろう。それによって歩く文化を根付かせたい」。そんな着想を得たのである。 その2年後、ヤマップのアプリをリリースした。あらかじめ地図情報をダウンロードしておくことで、電波のつながらない山中でもGPS機能を使って自身の現在地がわかる仕組みだ。これまでに累計470万ダウンロードを突破。日本の登山人口は500万人なので、山歩き愛好家にとってはヤマップのアプリはすでに必携品、つまり「ディファクト・スタンダード」になっている。 「でも僕は登山アプリのビジネスをやりたいということだけではなく、むしろ『歩く文化』を根付かせたい、それによって都市と自然をつなげていきたいんです」。ヤマップは自らのパーパスに「地球とつながるよろこび。」を掲げる。春山は、人類が豊かになるほど自然環境が損なわれることを人類の不幸ととらえ、都市が発展し地方が廃れることを文化の喪失と考える。経済成長や都会生活をあがめる風潮に対し、自然環境や文化の重視を対置する。世の流れに抗したいのだ。 (文中敬称略)(文・大鹿靖明) ※記事の続きはAERA 2025年1月13日号でご覧いただけます
大鹿靖明