「10年早い」は許されない―藤井聡太竜王を育てた杉本昌隆八段が考えるパワハラを防ぐ方法
「弟子から反論される関係でありたい」杉本八段の師匠としての心構え
――杉本八段は、藤井竜王を含めて10人以上の弟子をとられているそうですね。弟子の皆さんにはどういった姿勢で指導することを心がけているのですか? 杉本昌隆: 師弟関係は会社で言えば上司と部下でしょうし、学校で言うと先生と生徒のような関係かもしれません。ただ、私は師匠としてあまり教えすぎず、弟子が「自分で考えること」を意識しました。 こちらはプロなので技術を教え過ぎてしまう傾向があるんです。例えば、過去の傾向から「この手を選べば7割は勝てるだろう」とか「こういう場面は従来の常識はこれである」とか、そこを指摘することは私たちにとってはすごく簡単。でも、かえって弟子の足を引っ張ってしまうことがよくあるんです。自分の頭で考えて失敗して、それを学んでいかないと本当に身につかない。自分の価値観というのを押し付けないことはすごく意識しました。 だから、藤井竜王も含めて全員の弟子に「将棋盤の前では師匠も弟子もないから反論してもいい。本当に納得しなかったら別に言うことを聞かなくてもいい」とまず声をかけています。もちろんアドバイスはしますけど、反論もできるような、そんな関係でいたいんですよね。弟子になったばかりだとどうしても遠慮しちゃうんですけど、時間が経つにつれてお互い言い合えるような関係になる。師弟関係において、言いたいことを言える環境は一番大事じゃないかなと思っています。 ――そう考えるようになったきっかけは何ですか? 杉本昌隆: 私の師匠である板谷進九段は、貫禄があって怖かったんです。弟子になった当時、私は小学6年生だったので思ったことが言えないこともありました。でも、師匠ご自身はすごくフランクにいろいろ話しかけてくださったんです。そういう経験を踏まえて自分が師匠になったときは、弟子がなるべく物が言いやすい環境づくりをしようと思っていました。 私は師匠に威厳はいらないと思っています。最終的に弟子が幸せになって夢を叶えてくれれば十分ですから。こちらが思っていることがあったとしても、それを押し付けることは全く意味がないんですよね。だから、その子に対して果たして何をアドバイスするのが一番良いのかを考えることが多いです。本当に人を育てるのは難しいと常に実感しています。 ――具体的にどんなことを意識して環境づくりをしているのでしょうか? 杉本昌隆: お互いが意見をしやすくするために、おやつの時間を必ず設けるようにしております。だいたいお昼くらいから夕方まで将棋を指すわけですが、必ずおやつの時間を30分とか、休憩時間を取るんです。人間って、何か食べているときが一番リラックスできるんじゃないかなと思っています。 ――口が重い弟子もいると思うのですが、会話するためにどんな工夫をされるのですか? 杉本昌隆: 私自身がすごく口が重いタイプで、師匠に聞きたいことがあっても、口に出すのは失礼かなとも思ってしまってほとんど聞けなかったんです。師匠から見たら、何を考えているのかよくわからない弟子と思われていたかもしれません。 そんな経験もあったので、今はおとなしい弟子に対してあえてこちらから弟子に頼ってみるんです。「この局面、ちょっと難しくてわからないんだけど、何かいいアイディアない?」とか。自分もわからないから一緒に考えようという感じで話しかけてみる。そうすると、また頼られたい、師匠の役に立ちたいと思うみたいで、無口な子でも「自分だったらこうやりたいです」と言ってくれるんです。 弟子一人一人性格も違うので、その個々の人格を見て接することが大事じゃないかなと思います。 ――弟子の影響で、自分自身の学び方や将棋が変わってきたと思うことはありますか。 杉本昌隆: 実は私、40代後半ぐらいから、だいぶ自分の将棋の指す内容が変わってきているんですね。これは藤井竜王の影響をちょっと受けているんだと思います。 若い人って新しいことを学ぶことにすごく貪欲で、ごく自然にチャレンジできますよね。自分は、リスクを嫌って安全な手を選ぶ傾向があったんですけど、若い棋士から「将棋にはいろいろな可能性がありますから、チャレンジしないのはもったいない」と言われて、すごく腑に落ちたことがありました。自分も新しい形でチャレンジしなきゃいけないなと思いますね。