もはや「貿易立国ですらない」日本、サービス収支に見る円高実現を阻む「ある要因」
インバウンド観光との「ある関係」
この構造変化は、日本人の海外旅行と訪日外国人によるインバウンド観光の実態を如実に示している。旅行サービスを財の貿易に置き換えると、日本人が海外旅行をする場合は「輸入」に該当する。海外で商品を買って日本に持ち帰ることを考えると理解しやすいだろう。 他方、訪日外国人が日本で財を購入する場合は、相手が海外から日本に商品を買いに来てくれるわけで、日本の生産者にとっては「輸出」に該当する。 その恩恵は、形のある財(商品)だけではなく、レストランでの食事やタクシーの利用などにも及ぶため、従来は非貿易財と考えられてきたサービス取引が自動車などの財と同様に貿易財化することになる。訪日外国人という国境を越えた人の往来は、貿易効果が及ぶ領域の拡大をもたらすのだ。 日本では、小泉政権下で訪日外国人によるインバウンド観光の振興策が強化されるようになった。2003年1月の施政方針演説や同年4月に取りまとめられた「観光立国懇談会」報告書を契機にさまざまな取り組みが開始され、2006年には観光立国推進基本法が成立した。 2008年10月の観光庁設置や2012年3月の観光立国推進基本計画の閣議決定により、訪日外国人によるインバウンド観光の振興は重要政策の1つに位置付けられたと言える。
円高が「一筋縄ではいかない」ワケ
こうした政策の成果が、内訳別に見た「サービス収支」の推移に鮮明に表れているわけだ。長い間、日本人の海外旅行(=輸入)が訪日外国人のインバウンド旅行(=輸出)よりも圧倒的に多かったため、「旅行収支」は赤字が続いていた(前掲図表4)。 ところが、2000年代後半からは、赤字幅の縮小傾向が鮮明となり、2015年以降は一転して黒字が定着している(コロナ禍で黒字幅は一時減少した)。 こうした旅行収支の構造変化は、当然ながら外国為替市場にも影響する。日本人が海外旅行をする際は、円を売ってドルを購入するため、外国為替市場では円安の力学が働く。一方、訪日外国人はドルを売って円を買うため、円高の力学となるのだ。 旅行収支が赤字基調から黒字基調に転換したことで、旅行収支の面では円高圧力が続くことになるわけだ。ただし、「サービス収支」の動向をつぶさに見ると、それとは正反対の力学も生まれており、一筋縄ではいかないようだ。 たしかに、旅行収支が黒字化したことを受けて、2010年代の半ばから後半にかけて「サービス収支」の赤字幅は縮小傾向を示していたが、2020年ごろから赤字幅が拡大傾向にあるのだ。もちろんこれはコロナ禍で訪日外国人旅行者が急減したことも一因だ。 だが、それ以外にも赤字の拡大要因が潜んでいる。輸送収支は赤字続きだが、赤字幅は数千億円から1兆円程度でほぼ一定だ。問題は「その他サービス」にある。そして、これには経済の「デジタル化」と「グローバル化」(情報化のグローバル化)が深く関係しているようだ。 次回はこの点を掘り下げていこう。
〔参考文献一覧〕
執筆:九州大学大学院 経済学研究院 教授 篠崎彰彦