ブラジャー、マジックテープ、新幹線…開発成功の鍵となった「ある共通点」とは?
その根底にあるのは、従業員にとっての最適な経験を明確に示してそれを義務づけることは可能であり、それこそが望ましい成果につながる、という考え方だ。しかし、学習になじまない環境下では、このような前提自体が破綻している。 そこで、本章のメインテーマに沿って、社会生活、学校、職場という、それぞれ三つの領域に導入できそうな仕組みを、革新的傾向をもつ既存の手法を土台にして描いてみたい。その最大の目的は、現在のシステム内にいくばくかの自律的な時間と空間を確保することによって、経験がアイデアの創出、選択、発展にもたらす、好ましくない歪みやフィルターに対抗することである。 ■ ホビー・ハック―一見無駄に見える実り多き時間 マリー・フェルプ・ジャコブという名でも知られるカレス・クロスビーは、1900年代初めのアメリカ合衆国の作家で、出版社のオーナーでもあった。社交界の名士としてパーティーに出席したり、パーティーを主催したりすることが多く、ドレスアップして踊るのが大好きだった。 ところが、この趣味が彼女に予期せぬ課題を突きつけた。当時の女性は、コルセットを着用してパーティーに出席したが、コルセットは窮屈で不快だった。しかも、ダンス好きのクロスビーにとっては耐え難いことに、コルセットのせいで自由自在に踊ることができなかったのだ。 ある日、彼女はいいことを思いついた。ハンカチを二枚用意して縫い合わせ、それにリボンを結んだ。そして、身体を締めつけるいつものコルセットの代わりに、それを下着として身につけたのだ。彼女があまりにも自由自在に美しく踊るので、パーティーに参加している他の女性たちがそのわけを尋ねたという。 クロスビーはさらに、現代のブラジャーの原型を作って、その特許を取得した。そんなことができたのも、ファッショナブルに着こなしながらもっと美しく踊りたい、という強い願望があったからだった。彼女は、自分が抱える問題を解決するために、何百年も前からすでにあった基本的な縫製法と材料を利用したにすぎない。彼女の趣味こそが、しかるべき時に、しかるべき場所に、しかるべきアイデアをもたらすのに役立ったのである。