【独占】「豊洲 千客万来」オープンまでの舞台裏。大人気!海鮮バイキングも…変わる!築地と豊洲
今回のテーマは、「新ニッポンの魚河岸!~変わる築地と豊洲~」。 築地から豊洲に市場が移転して5年。紆余曲折を経てオープンするのが、豊洲市場に隣接する商業施設「豊洲 千客万来」だ。豊洲市場の“場外”と位置付け、地元の人々や観光客を呼び込み、豊洲エリアの活性化を狙う。 一方、豊洲への移転で取り残された築地場外市場は外国人観光客で大盛況だが、古くから店を構える商店街の人々は危機感を抱いていた。観光客目当ての店が乱立し、地元の人やプロの料理人が訪れる築地場外市場の文化が失われようとしていたのだ。 「千客万来」で活性化を狙う豊洲と、魚河岸の伝統を守ろうと立ち上がる築地…それぞれの挑戦を追った。 【動画】マグロの解体ショーも!「豊洲 千客万来」の海鮮バイキング
築地場外市場は外国人パラダイス? 築地の文化と伝統を守れるか…
ニッポンの台所・築地市場。6年前、老朽化によって市場としての機能を豊洲に移転したが、場外市場は連日この人だかり。特に目立つのが外国人観光客で、ニッポンらしさを体感できる観光地として、年々人気が高まっている。よく見ると英語の看板だらけで、中には外国語で接客する店員の姿も。
商店街にとってはうれしい悲鳴なのかと思いきや、「築地食のまちづくり協議会」の北田喜嗣理事長は、強い危機感を抱いていた。 外国人観光客を目当てにした店が急増し、海鮮丼が1万8000円の店まで。ウニがのった牛串は、なんと1本6000円だという。 北田さんは「築地は、本物を適正な値段で販売するというのが誇りだった。観光客相手にとっぽい商売をするのは、ちょっと違う」と話す。 築地市場は、1935年、東京・日本橋にあった魚河岸が関東大震災で焼失し、移転したことで誕生。築地場外市場は、買い出しに来た料理人のお腹を満たす飲食店や地元の人が買い物をする商店街として発展した。 北田さんの店は、大正時代から海産物の加工品を販売している。この日も、わざわざ遠くからなじみの客が来ていたが、観光客の急増で、昔からの常連客が買い物しづらくなっていた。
去年12月中旬。「まちづくり協議会」の定例理事会が開かれた。集まったのは、代々築地で商売をしてきた人たちだ。 北田さんは、「うわべだけの商売を続けると、築地の未来がなくなる不安もある。街の魅力や本物をどう説明していくか…課題がずっと続いている」と訴えた。そんな築地の現状を何とかしたいと動き出したのが、鮮魚店を営む浅田欣也さんだ。 浅田さん一家が営む鮮魚店「浅田水産」では、浅田さんの父・宗良さんが豊洲市場で買い付けた選りすぐりの鮮魚が並ぶ。客には商品をきちんと説明して売る、そんな昔ながらの商売を続けている。浅田さんは、こうした築地の良さを次の世代に残したいと考えていた。 そこで仕掛けたのは、観光客に向けた公式ツアー。まずは、場所も近い帝国ホテルの宿泊客に、築地本来の姿を知ってもらおうというのだ。