F1パドックを駆け巡った『ハースとトヨタ全面提携』という噂の真偽【バズりネタのウソとホント】
F1のパドックでは日々、突拍子もない噂が流れ、なかには真偽不明なまま全世界を駆け巡り“バズる”こともしばしば……。今回からスタートした不定期コラム『バズりネタのウソとホント』では、そんなF1パドックを漂う噂を、1987年からF1を取材するベテランジャーナリストの柴田久仁夫氏が独自の視点で分析します。 【写真】トヨタF1最後のレースとなった2009年F1第17戦アブダビGPの小林可夢偉 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 7月5~7日に開催された2024年F1第12戦イギリスGPにて、トヨタ自動車の加地雅哉TGRモータースポーツ担当部長/技術室室長がハースF1のガレージで目撃されたことから、『トヨタはF1の分野でハースと全面提携するのではないか』という噂が、瞬く間にF1パドック内を駆け巡った。しかしハースの小松礼雄チーム代表はすぐに、「単に親しい友人として招いただけ」であり、「(トヨタとの全面提携とか)話してません」と、全面的に否定した。 さらにその数日後には、ハースがフェラーリとの技術提携契約を2028年まで延長したことが発表され、トヨタとハースの噂は急速に萎んでいった。 しかしこれら一連の動きから読み取るべきは、小松代表率いるハースの“中長期を見据えたしたたかな生き残り戦略”だろう。 フェラーリとの契約延長は、今のハースがフェラーリ製パワーユニット(PU)の供給を受け、車体開発でもマラネロ(フェラーリのファクトリー)の風洞やシミュレーターを使用する関係にある以上、当然の決断と言える。もちろんトヨタが2026年からF1に導入される新PUを極秘裏に開発しているのなら話は別だが、噂レベルでもそんな話は出ていない。 ただし“一部の提携”を進めることについては、ハースもトヨタも十分に前向きに見える。そのひとつがドイツ・ケルンにあるTOYOTA GAZOO Racing Europe(TGR-E)の風洞施設の使用だ。この風洞は去年まで12年にわたりマクラーレンが新車開発に利用していたが、マクラーレンは2023年途中から最新鋭の自社風洞を稼働させた。 そのため、トヨタとしては、マクラーレンに代わる新たな顧客を探す必要があった。ハースにしても、技術的にフェラーリに過度に依存せず、別の選択肢を持つのは悪い話ではない。 ハースはF1の全10チーム中、今も最小規模であり従業員数も最も少ない。財政的にも決して潤沢ではなく、トヨタあるいは他の日本企業がスポンサーに付いてくれるのも大歓迎だろう。 一方で豊田章男トヨタ自動車会長のF1嫌いは有名で、それはおそらく今も変わっていないはずだ。だからこそ、2023年のF1日本GPに“モリゾウ”として満面の笑顔でサプライズ登場したのには驚いた。訪問理由は、マクラーレンが平川亮をリザーブドライバーに起用したことへのお礼で、「F1撤退後、トヨタの育成ドライバーたちにF1への道を閉ざしたことに心を痛めていた」と語っていた。 そのコメント自体に、嘘はないだろう。しかし、それだけではないはず、とも私は思う。確かにトヨタのF1復帰の可能性は、言下に否定していた。しかし一方でTGRのエンジニアたちが、F1の車体、および2026年以降のパワーユニットに対して、純粋な技術的な興味を持っていないはずはない。 将来的にトヨタ上層部が方針変更する場合に備えて、今はせっせと種まきをしている段階と思われる。その意味から言えば中堅チームで、そのうえ日本人である小松チーム代表が率いるハースは提携先として最適だ。今後も少しずつ、両者の関係は深化していくのではないか。 [オートスポーツweb 2024年07月20日]