有馬記念激勝のレガレイラ、早期戦線復帰に導くキーワード「立位鎮静下」【獣医師記者コラム・競馬は科学だ】
◇獣医師記者・若原隆宏の「競馬は科学だ」 有馬記念を激勝したレガレイラに「右第1指骨剝離骨折」が判明した。繋骨(けいこつ)、読んで字のごとく、つなぎの骨が欠けたという病態だ。見舞金支給基準としても機能する予後の見通しとしては「3カ月以上の休養」となっている。 サンデーサラブレッドクラブが会員向けに発表しているところによると、28日に美浦診療所で「全身麻酔ではなく、局部麻酔で立ったまま」手術するという。 立ったままの手術は、馬の世界ではここ15年くらいで実現に至った画期的な技術だ。記者の学生時代(もう20年以上も昔)では、去勢などごく一部を除いて「馬のオペはほぼ全例全身麻酔」が常識だった。オペ室の隣には「倒馬室」「覚醒室」が必要で、麻酔導入して倒馬する際にも、麻酔から患馬が覚醒するときに暴れたりして、それぞれけがをするリスクを消しきれなかった。覚醒室は四方八方、壁に柔らかいクッションを敷き詰めた部屋である。 「立ったまま」の術式を可能にしたのはいわゆる麻酔科の領域の研究のたまものだ。クラブ発表は「局部麻酔で」とあるが、大事なのは局部麻酔というよりも「良好で持続的な鎮静」を可能にする薬剤コントロールだ。術式も正確には「立位鎮静下」での各種手術と呼ぶ。 美浦診療所で立位鎮静下のオペを行うようになってから、1例だけ見学させてもらったことがある。鎮静された患馬は、目が半開きくらいで半分眠っているようではあっても、倒れそうな様子は全くなく、おとなしく立っている。 つなぎ周辺のオペの場合、術野の位置が低いため、床側に不浸透性ドレープ、患肢の近位(体幹側)に無菌包帯を巻く。こうして、術野の無菌状態を実現する。 術者はどうしてもかがんで手を動かすことになる。人医領域では術者の膝より下に術野があるなんてことは考えられないだろう。大動物のオペ独特の事情だ。腰の痛そうな仕事だなと思うが、そこは体力に有無を言わさないのが外科の人たち。ただただ感心した。 全身麻酔でのオペとの予後の比較はさまざま行われており、海外の報告では、競走復帰までの期間をおおむね1~3カ月短くするという統計が多い。レガレイラが「春全休を強いられるような診断ではなかった」というのは、この術式にもよるところが大きいはずだ。
中日スポーツ