「普通の家族に戻る。それだけで2年もかかった」ウクライナ避難民のダンサーが語る「祖国が戦場になる」ということ
サーカスが始まると、陽気な音楽とともに青い衣装に身を包んだ4人の女性がステージに現れた。約100人の観客を前に、ウクライナ人ダンサーのイリナ・ボロンケビッチさん(31)も観客の手拍子に合わせて踊った。 珠洲でウクライナ女性が炊き出し 滋賀避難の母仕込みのボルシチ
音楽が変わると、イリナさんはステージを下り、テント裏のコンテナハウスへ。3歳の息子に手早く夕食を作り終えると、赤い衣装に着替えて再びステージに向かう。 「世界で一番タフな仕事は、母親ね」。ロシアによるウクライナ侵攻が始まって1カ月後に来日したイリナさん。それから2年がたつ。徳島市に設けられたサーカス会場のコンテナハウスで、家族のこれまでとこれからを聞くと、戦争で生活を壊された人々の苦悩が垣間見えた。(共同通信=別宮裕智) ▽ダンサーを夢見て イリナさんは1992年、ウクライナ南部ヘルソン州に生まれた。この州は2022年9月、ロシアが一方的に併合宣言し、今も攻撃を受ける地だ。 6歳からダンスを始め、将来は子どもたちにダンスを教えるのが夢だった。大学卒業後、旅行先で出会ったウクライナ人のバシルさん(37)と結婚。国内でダンサーとして活動するほか、中国のアミューズメントパークで働いた時期もあった。
2019年3月から1年間は、大阪のサーカス「ハッピー・ドリームサーカス」に在籍した。もともと日本のアニメや漫画が好きで、日本文化に興味があったことから、日本での就職を決めた。福岡や佐賀、長崎など九州を巡業した。 1年後に帰国し、マキシム君が生まれた。夫バシルさんと育児を協力しながら、自宅からオンラインでダンス講師を務めた。妊娠や育児で働けなかった2年間は、寂しく感じた。 ▽ロシアの侵攻 2022年2月24日、西部テルノピリ州の自宅で寝ていたイリナさんは突然、バシルさんに起こされた。 「起きろ、起きろ、戦争が始まった」 警報が鳴る度にアパートの地下に避難する日々が始まった。1歳になったマキシム君は当時、まだ歩けるようになったばかりだった。 故郷のヘルソン州は、特に激しい攻撃を受け続けた。母や姉が心配で、毎日電話をかけた。 以前在籍したサーカスの兄弟団体「ワールド・ドリームサーカス」への就職が2021年秋に決まっていたが、新型コロナウイルス禍の影響で渡航は延期になっていた。避難ビザを使い侵攻翌月の3月23日、日本を目指し、マキシム君と2人、バスでポーランドに向かった。夫は出国の許可が出ず、離れ離れになった。