もうひとりのキーマン。ホンダ好結果の要因。小椋藍への期待/MotoGPの御意見番に聞くタイGP
10月25日から27日、2024年MotoGP第18戦タイGPが行われました。シーズン終盤にスケジュールされたタイでのレースも天候に翻弄されるレースとなりました。ドライコンディションのスプリントはエネア・バスティアニーニ(ドゥカティ・レノボ・チーム)が勝利を飾り、決勝はウエットとなりフランセスコ・バニャイア(ドゥカティ・レノボ・チーム)が優勝。ランキング1位のホルヘ・マルティン(プリマ・プラマック・レーシング)はどちらも2位を獲得し、チャンピオンシップをリードしています。 【写真】Moto2でチャンピオンを獲得した小椋藍 Moto2クラスでは、2レースを残して小椋藍がチャンピオンを獲得。日本人では15年ぶりの世界チャンピオン誕生という嬉しい結果を見せてくれました。 そんな2024年のMotoGPについて、1970年代からグランプリマシンや8耐マシンの開発に従事し、MotoGPの創世紀には技術規則の策定にも関わるなど多彩な経歴を持つ、“元MotoGP関係者”が語り尽くすコラム、2年目に突入して第43回目となります。 * * * * * * --今回のタイGPですけれど、フルウエットのレースって考えてみたら今シーズン初めてなんですよ。そのせいか前日のスプリントとかなり顔ぶれが変わった結果になった印象ですよね。 そうだね、スプリントはトップから8位まで全員がドゥカティだったのに対して、決勝レースではトップ10にKTMが3台、アプリリアが2台、ホンダが1台という久々に賑やかな顔ぶれだったね。でもヤマハが入っていないのはどうしてだろう(苦笑)。 --ヤマハのファビオ・クアルタラロ選手は初日からわりあい好調で、Q1突破してQ2で6番手と昨年同様にレースでも好結果を期待していただけに今回は残念でしたね。 レースではまずまずのポジションに付けていたのに、かつての僚友と接触して転倒とかちょっと洒落にならん。その相手もペナルティを消化した後に転倒リタイアとか救いようが無いね、誰とは言わんけど。 --まあまあ、お怒りはごもっともですが、マルク・マルケス選手も初日から好調でしたがスプリントではドゥカティファクトリー組の後塵を拝して4位、レースではトップのフランセスコ・バニャイア選手を追撃している最中に転倒してしまいましたね。 うん、でもあれはアクシデントじゃなくて自滅だからね。ウエットなら勝算ありという事でちょっと勝ちを意識しすぎたのかな、いわゆる「好事魔多し」ってところだね。 --先週、マルク・マルケス選手がチャンピオンシップの流れを左右するキーマンだという話をされてました。スプリントでは無関係でしたが、レースで完走していればかなり影響しましたね。 彼が優勝してその他のオーダーが同じだとすると、(ホルヘ・)マルティン選手と(フランセスコ・)バニャイア選手のポイント差が17ポイントから18ポイントになるので、少しマルティン選手に加担したことになるね。もしそのまま2位でフィニッシュしていれば13ポイント差になるから、今度は一気にバニャイア選手に有利になるので何れにしても影響力は大きいと言わざるを得ないね。 それとチャンピオンシップのキーマンがもうひとりいた事をすっかり忘れていたよ。 --エネア・バスティアニーニ選手ですね。予選2番手とペースは良かったので不思議では無いんですが、ちょっと先行逃げ切りでの勝ち方に違和感と言うか驚きがありましたね。 そうそう、タイヤマネジメントの上手さを発揮して後半でグイグイ来るタイプというイメージだから、こんな勝ち方も出来るのかと(笑)。それにしてもレースでは最初からいいところが無くて、ギャップが大きすぎるな。何が起きていたんだろう? --スタートは悪くなかったですよ。1コーナーは3番手で入りましたが、その後(マルク・)マルケス選手と接触してから次々後続のマシンに飲み込まれていった感じですね。何かマシンに問題が有ったのかもしれませんね。 1ラップ目に13番手通過、8ラップ目に7番手まで上がって来たところで転倒か、チャンピオンシップのキーマンふたりが揃って自滅とはね。それに比べるとチャンピオン争いをしているふたりは、やっぱり雨でも安定して速かったな。 --先ほどレースでは顔ぶれが変わったというお話でしたが、今回はホンダの4選手がすべて完走しポイントを獲得しました。特にヨハン・ザルコ選手はシーズンベストの8位でした。この結果を素直に喜んでいいのでしょうか? ホンダ陣営としたら明るいニュースなのは間違いない。ただし、これが改善の成果だと考えるのは少し性急かもね。ライダーにもマシンについても言える事なんだけど、ドライで速いのはセッティング次第でウエットでも間違いなく速い。 でも逆は必ずしもそうはならないんだな。ダイナミックレンジの違いと言ったらいいのかな、特にライダーの場合はそういう事が言えるね。ウエットの場合はマシンの挙動も緩慢になるので、そのレンジまでは抜群に適応力が高いけれどそれを超えると普通の人みたいな(笑)。 マシンの場合も同じで、ドライでは大きな差でも、今回のようにウエット路面に合わせたセッティングではマシンの差は出にくいんだと思うよ。 --今回、予選のタイムを見ていて気付いたんですが、前回のオーストラリアGPと違って各ライダーのラップタイムの差がとても少ないですね。でもサーキットの全長、コーナー数、ベストラップはあまり違わないと思うんですよ。そういうところも関係ありますか? ふむふむ、いいところに気が付いたね。確かにオーストラリアGPではQ2のトップと最下位のタイム差は約3秒、これがタイGPでは約1秒。特にプラクティスでは1秒の間に18人のライダーがひしめいていたから、かなり特殊な状況だと言えるかもしれないね。 これは興味深い事実だね。 このふたつのサーキットを比較すると、大きな違いはレイアウトに表れているね。おそらくはオーストラリアGPの方が攻略の難しいトラックだと言えるんじゃないかな。 タイGPの方はブレ―キングが厳しくてフィジカル的にはタフなトラックと言われるけれど、おそらく攻略はオーストラリアGPに比べてそれほど難しくないので、ラップタイムがトラックの物理的限界に近いところに比較的容易に到達できるんじゃないかな。 そう考えると、ウエットだとコースの物理的限界が更に下がるのでライダー+マシンのパフォーマンスの差がもっと出にくくなるという訳だよ。失礼な物言いになるかもしれないけれど、今回ホンダ陣営が好結果だったのはそういう事が要因でもあるんじゃないかな。 --ところで、このところ転倒リタイアが続いていたペドロ・アコスタ選手でしたが、今回もスプリントでは序盤で早々に転倒したと思ったら、雨のレースで久々の3位表彰台を獲得しましたね。 日本GPとオーストラリアGPの2戦連続ノーポイントが続いていたから、残りのレースは完走する事を目標にするとか殊勝なことを言ってたようだね。今回のスプリントもノーポイントだったから「学習能力無いんかい?!」と思ったけれど、レースはウエットだったから嫌でも慎重にならざるを得なくて、それが却って良かったのかもしれないね。 --そうとも言えないんじゃないですか。レース終盤でジャック・ミラー選手にアタックしている時の走りはかなりアグレッシブで見ていてハラハラしましたよ。 久々の表彰台が見えていたと思ったら、後ろから元気の良い若造君に追いつかれてサイド・バイ・サイドになり、それでもなんとか次のコーナーでイン取って抑えたと思ったらアウト側をとんでもないスピードで抜けていくアコスタ選手の姿が視界に入った時のミラー選手の驚きは想像が付くね。たぶんヘルメットの中で「f***ing crazy boy !!」って叫んでたと思うよ(笑)。 優勝したバニャイア選手と2位のマルティン選手の闘いは、一瞬のミスも許されない緊迫した状況下でのハイレベルな争いで、その重圧は当事者しか理解できないと思うけれど、見た目にはどうしても地味に映るから、やっぱりアコスタ選手のような思い切りの良い走りには惹かれるものがあるね。ドルナもその辺りを心得ていて、ずっとふたりのバトルを追っていたよね。 --今回は嬉しい出来事もありましたね。小椋藍選手が最終戦を待たずにMoto2チャンピオンを確定しました! 残り2ラップあたりで雨が降って来て赤旗終了になってしまって、あれが無かったら追い上げて優勝も有りかなとという感じだったのでちょっと残念な気もするけど、腕の骨折とかアクシデントを乗り越えてのチャンピオン獲得は喜びもひとしおだろうね。 日本人のチャンピオン獲得は2009年の青山博一選手以来なのかな。あの当時は2ストロークの250ccマシンだったから、4ストロークに移行してからは初の日本人チャンピオンという事だね。 2021年のMoto2デビュー時はその青山博一選手が監督を務めるホンダ系のチームからのエントリーで、2022年は最後までチャンピオン争いをするまでになったものの翌年は怪我の為に成績が奮わなかったみたいだね。今年から心機一転で新規参入するヨーロッパのチームに飛び込んで、すべての環境が変わった中での苦労は並大抵ではなかっただろうよ。 --来年はトラックハウスレーシングチームからアプリリア機での参戦が既に発表されていますが、うまく適応できるでしょうか? 体格的にはアプリリアのマーベリック・ビニャーレス選手とほぼ同じくらいで、マルク・マルケス選手とかアコスタ選手と近いところにあるのでまったく問題ないだろうね。 ただし、MotoGP機は空力デバイスの影響でMoto2機よりハンドリングは重いので体幹と腕力を鍛える必要は有るかもしれないけど。アプリリアとは2年契約だから、その間にしっかりと成績を残して残留できれば2027年の850cc化は願っても無い好機になるんじゃないかな。 --なるほど、次の2年間は大きな怪我をせずにキャリアを重ねる事が重要ですね。そうするとライダーとしても円熟期を迎えますから、レギュレーションの変更を追い風に日本人チャンピオン誕生と言う夢も膨らみますね。 そういう事! 欲を言えば日本メーカーのマシンでその夢を達成して欲しいけどね。 [オートスポーツweb 2024年10月31日]