非ディスラプティブな創造を実現した企業から学べること
■既存企業との直接対決を避ける マスコミ報道の影響により、俊敏かつ賢明なスタートアップによるディスラプティブな動きが、ともすれば従来型の鈍重な企業を打ち負かすと思われるかもしれないが、現実には既存企業が優位に立つ例が多い。ディスラプティブなスタートアップになり損ねた企業の失敗は、ムービーパスのようによほど注目を集めないかぎり、知られないままで終わる。 そのうえ多くの業界では、既存業界の製品やサービスを利用する消費者はサンクコスト(埋没費用)を負っているため、ディスラプションを仕掛ける側が自社の製品・サービスへの乗り換えを促す際には、このコストを考慮に入れなくてはならない。現在使っている製品・サービスにかなりの程度まで満足している人々は、代替を探す可能性は低い。従って、ディスラプティブな代替がたとえ優れたソリューションであったとしても、乗り換えはディスラプターが予測するよりもはるかに緩やかにしか進まない可能性がある。 従来の屋根業界をディスラプトしようとした屋根一体型ソーラーパネル業界にとって、これは重い課題だった。そう、屋根一体型ソーラーパネルは、暖房費と電気代の削減ないしゼロ化、そして言うまでもなく、「環境意識の高い市民である(そう見られる)」という満足感とステータスを約束する。ところが既存の屋根に莫大なサンクコストがかかっているせいで、マイホーム・オーナーの動きは鈍く、これまでのところ屋根一体型ソーラーパネルのディスラプティブな力は十分に発揮されていない。 そこで持ち上がるのが、「頑強な既存企業や多大なサンクコストを抱えていそうな見込み客と、本気で真っ向勝負をしたいのか?」という問いである。たしかにこれもひとつの方法である。そして、自社のディスラプティブな動きがいくつかの面で大きな価値向上をもたらすなど、特定の市場環境下では、よい方法かもしれない。 この条件に当てはまる例として、大西洋上を飛ぶ空の旅は、スピード、利便性、高揚感などの面で、海の旅をはるかに凌いだ。eメール(世界のどこへでも無料でたちどころに届く)vs郵便の例もある。事実、数々のユニコーン企業がこのようにして誕生した。ただし、ディスラプションなしにイノベーションと成長を達成するには、他にも方法があることを、心に留めておいてほしい。非ディスラプティブな創造の機会も同じくらい大きく、スタートアップか既存企業かを問わずあらゆる企業にとって、これを見過ごさないのが賢明である。後述するように、ユニコーンも同様に誕生する。 ムービーパスとはかなり異質なスクエア(現ブロック)やGoProの事例を考えてみよう。両社は、既存業界の垣根の外側に非ディスラプティブな新規市場を創造し、既存企業との直接対決や反発を避けて破壊なしに成長を実現した好例である。 ■スクエア ジャック・ドーシーとジム・マッケルビーが設立したスクエアは、米国のクレジットカード業界の外側に非ディスラプティブな市場を創出するという、手つかずの機会を見出した。米国では、中規模以上の小売店はクレジットカード決済を扱っていたが、ほとんどの零細小売店、自営業者、さらにはファーマーズ・マーケットの出店者、フードトラック、ポップアップ・ショップのようなマイクロビジネスはカード払いを受け付けていなかった。後者にとっては、カード決済の処理に用いる既存のPOS(販売時点情報管理)技術は多額の導入費用を要し、メンテナンスも容易ではなく、決済手数料も高すぎた。 スクエアはまた、普通は現金や小切手で行う少額取引にクレジットカードやデビットカードを利用できれば、大いに喜ばれるだろうと考えた。銀行も、基本的には顧客にとってありがた迷惑である現金や小切手の取り扱い中止を、歓迎するだろうと思われた。スクエアは、クレジットカード業界の外側にあるこの未開拓の巨大な機会に目を留め、掌中に収めるために乗り出した。 そのソリューションはモバイル決済システムだった。スクエア・リーダーと呼ばれる小さなプラスチック製のデバイスを携帯電話に差し込むだけである。スクエア・リーダーは使いやすく、持ち運びも容易。支払いが発生するのはデバイスを使用したときだけであるため、小規模ビジネスやポップアップ・ショップだけにとどまらず、ベビーシッター、アイスクリームの移動販売車、便利屋など、個人との取引の際にも助かるものだ。 スクエアの非ディスラプティブな動きは、創造を成し遂げた一方で破壊をもたらすことはなかった。既存のクレジットカード会社やその加盟店には、ほとんどディスラプションは及ばなかった。この結果、スクエアは既存企業からの本格的な反発や攻撃に遭うことなく、瞬く間に10億ドル企業へと駆け上がった。誰もが子供の頃に学んだように、他者を踏みにじらなければ、他者もまずこちらを踏みにじろうという気にならない。因果応報である。 スクエアの共同創業者ジム・マッケルビーは、『ハーバード・ビジネス・レビュー』のウェブサイト「HBR.org」に2020年5月8日、「優れた起業家はディスラプトを目指さない」(Good Entrepreneurs Don't Set Out to Disrupt:未訳)という深い思索に根差した論考を寄せており、そこにほぼすべてが語り尽されている※注1。 ■GoPro スクエアと同様に、GoProはアクションカメラ業界という非ディスラプティブな市場を創出し、これによってスポーツ愛好家層に、一人称の視点で冒険を実写するというまったく新しい機会をもたらした。サーフィンで大波に挑戦したり、スカイダイビングをしたりする自身の姿を撮影でき、しかも両手がふさがらず自由に使えるので、その瞬間を十分に堪能できるのだ。 ハッとするような違いを考えてみよう。スポーツ愛好家たちは初めて体験したこと見たことを第三者に撮影してもらう代わりに、自身の視点から写真に収めることができるようになったのだ。既存のデジタルカメラを水で濡らすと、破壊には至らないまでも不具合をもたらしたが、GoProのカメラは防水仕様であるため、完全に水に浸かっても動作するようにできている。手で持つことを前提とした既存のデジタルカメラとは違い、ヘルメット、手首、ヘッドバンド、スノーボードなどに取りつけることを前提としているため、全身を駆使してスポーツをしながら、その様子をリアルタイムで録画できる。また、デジタルカメラが落としたりぶつけたりしないよう、それなりの注意を要するのに対し、GoProは集中を必要とするスポーツを念頭に置いているため、あらゆる状況に対応できるよう作られている。 非ディスラプティブなアクションカメラ業界の成長とともに、GoProは10億ドル企業へと躍進した。資金力とブランド力のある既存のデジタル一眼レフカメラメーカーが、GoProに対する攻撃、阻止、反撃に乗り出したかというと、否である。GoProの隆盛はデジタル一眼レフカメラ業界を揺るがさなかった。既存の巨大企業は、弱気になるわけでも、収益面で脅かされるわけでもなかった。購入者がサンクコストやスイッチングコストに目をつぶる必要もなかった。 GoProも他のあらゆる企業と同様、10年超にわたる成長と成功の後には、浮き沈みを経験してきた。しかしGoProというブランドは、みずから開拓した非ディスラプティブなアクションカメラ業界の代名詞であり、業界を支配する状況に変わりはない。そして携帯電話は、GoProをディスラプトしてそれに取って代わるわけにはいかなかった。カメラ業界を相手にしたときとは勝手が違ったのである。 * * * もしディスラプションで頭がいっぱいなら、何か非ディスラプティブな機会を見逃していないか、自問してみよう。この問いが特に重要な意味を持つのは、念頭にあるディスラプティブな動きが既存企業の動きとの対比において、いくつかの分野で大きな飛躍をもたらすようなものでない場合である※注2。 「ディスラプションこそが取るべき方法だ」という先入観を捨て、非ディスラプティブな創造という観点から発想すると、視界のどこかあるいは目の前に潜む非ディスラプティブな機会、敵を迂回して戦いを避ける機会を、より鋭く観察できるようになり、経済成長への新しい、これまで見えていなかった道が見えてくるだろう。肝に銘じてほしいのだが、業界のいかなるプレーヤーも、みずからの存在意義が脅かされているときは心穏やかではない。 ※1 ジム・マッケルビーの論文 "Good Entrepreneurs Don't Set Out to Disrupt," HBR.org, May 8, 2020.を参照。また、スクエアの創業ストーリーを掘り下げた同氏の優れた著書The Innovation Stack, New York: Portfolio/Penguin, 2020. も参照。 ※2 第2章で論じたように、ディスラプションが既存市場のハイエンドとローエンドどちらから起きようと、共通の成功要因は、既存の製品やサービスと比べて格段に大きな消費者余剰をもたらすことである。
W. チャン・キム,レネ・モボルニュ