ホラーはモキュメンタリーだけじゃない! 貴志祐介「さかさ星」など骨太な物語を味わえるエンタメホラー3冊
オカルト懐疑派をも納得させる筆力
ベテランに続いて、今年デビューしたばかりの新鋭を紹介しよう。上條一輝『深淵のテレパス』(東京創元社)は、東京創元社70周年を記念して開催された創元ホラー長編賞の受賞作である。 会社の後輩に誘われ、学生サークルの怪談会を覗きにいった高山カレンは、その数日後から奇妙な現象に悩まされるようになる。家の中で聞こえる濡れた布を叩きつけるような物音、どこからか漂ってくるドブ川のような異臭、ひとりでに閉じているクロゼットやカーテン。憔悴した彼女は、心霊現象を調査しその結果を動画配信しているチーム「あしや超常現象調査」に助けを求めるが……というのが物語の冒頭だ。 映画宣伝会社に勤めるかたわら、個人的興味から心霊調査に携わっている「あしや超常現象調査」の2人は、オカルトを盲信することも頭ごなしに否定することもせず、一連の現象を丹念に調査していく。このさまざまな機材を用いた心霊調査が、前半のひとつの読みどころだ。科学的な検証をすり抜けるように現れてくる怪異は、カレンや調査チームの2人のみならず、オカルト懐疑派の読者をもぞっとさせることだろう。 ささやかな異変から始まった物語は、恐怖とサスペンスをじわじわ高めながら、意外なほどスケールの大きいクライマックスへと雪崩れ込む。複数の謎がひとつに繋がる謎解きシーンには、なるほど、そういう話だったのかと膝を打った。ホラーながら瑞しさを感じさせる筆致も特徴で、説得力のあるエンタメホラーに仕上がっている。著者の今後の活躍が楽しみだ。
ノスタルジックな恐怖が胸に迫る「六人の笛吹き鬼」
3冊目はホラーミステリの名手・三津田信三の長編『六人の笛吹き鬼』(中央公論新社)。6人の小学生が「笛吹き鬼」に興じていた夕暮れの公園で、不可解な神隠しが発生する。笛吹き鬼というのは笛を吹きながら隠れている子を探す一種のかくれんぼで、その最中に松島妃菜という小学生が忽然と姿を消したのだ。懸命の捜索にも関わらず、妃菜は二度と姿を現さなかった。のみならず今度は別の少女が、自宅近くの路地で行方不明になってしまう。 それから23年後、笛吹き鬼に参加していたメンバーで、今はホラー作家になっている背教聖衣子が、この未解決事件について調べ始める。どうやら現場となった公園では、過去にも同様の神隠しが起こっているようなのだが……。 今回紹介した3冊はいずれもエンターテインメント性が高く、実写映画化にも向きそうな作品ばかりだが、この『六人の笛吹き鬼』を映画化するとしたら奇妙な笛の音がいつまでも耳に残るような、ノスタルジックな雰囲気の映画になるだろう。子ども時代の事件を大人目線で調べ直すというストーリーに加え、公園に出没する変わり者の中年女性「ラジオ小母さん」や、子どもたちに目撃される怪人「まだら男」などのモチーフが、作品全体をセピア色の恐怖に染め上げている。 過去と現在にまたがる複雑怪奇な謎は、聖衣子と先輩作家の速水晃一によって解き明かされるが、一部どうしても合理的に説明のつかない部分も残り、事件の不気味さを際立たせる。一部の住人に信仰される「だれま様」なる邪な神が、事件に関わってくるという民俗学的な味つけも、いかにも三津田作品らしくて嬉しい。 起伏に富んだ物語と、小説ならではの怖さを味わえる3冊。秋の夜中にひもとくにはぴったりである。(文:朝宮運河)
朝日新聞社(好書好日)