ホラーはモキュメンタリーだけじゃない! 貴志祐介「さかさ星」など骨太な物語を味わえるエンタメホラー3冊
2024年は「モキュメンタリーホラー」が注目を集めた一年だった。しかしリアルに徹したモキュメンタリーが話題を呼ぶ一方で、フィクションならではの怖さと面白さを追求したエンタメ色の強いホラー長編も多数書かれている。今月のホラー時評では、骨太な物語が味わえる3冊を紹介しよう。
ベテランが放った久々のホラー巨編
『黒い家』で1990年代のホラーブームを牽引した貴志祐介が、久々のホラー長編を上梓した。約600ページの大作『さかさ星』(KADOKAWA)である。期待を胸にページをめくると、殺人現場の凄惨な光景が目に飛び込んできた。 ユーチューバーの中村亮太は、祖母に請われて彼女の実家である旧家・福森家に同行する。その屋敷では一晩のうちに一家4人が惨殺されるという、痛ましい事件が起こっていた。事件を調査する霊能者・賀茂禮子は、何者かが集めたおびただしい数の「呪物」が障りをなしていると指摘する。邸内に飾られた書画骨董の大半は、いわくつきの呪物だったのだ。 日本刀、市松人形、甲冑、幽霊画など無数の呪物の来歴が、詳しく語られていく序盤の展開にはやや面食らうが、この部分は「呪物の論理」で貫かれた事件を解くための手がかりになっている。呪物の中には害をなすものがある一方で、人間の助けになるものもある。亮太は呪物それぞれの特性を理解したうえで、新たな惨劇を防ぎ、福森家にかかった呪いを解かねばならないのだ。オカルト要素が山盛りになったこの小説の核にあるのは、実のところ本格ミステリ的な謎解きの面白さであり、チェスや将棋にも似た頭脳戦の興奮なのである。 そうした理知の要素と、ドロドロした情念の部分がうまく絡み合っているのが本書の魅力。事件直後から幕を開け、すべての発端となった一夜の場面で幕を下ろす秀逸な構成が、異様な緊張感をいっそう高めている。迫りくる災厄を前にさえないユーチューバーの亮太が孤軍奮闘するクライマックスも、古典怪談『雨月物語』の一場面を彷彿とさせて印象的だ。隅々まで力のこもったモダンホラー巨編で、文句なしにおすすめである。