【橘玲『DD論』インタビュー第2回】仕事がデキるのは「DD」な人。そうではない人がSNSでモンスターになる
この夏は、SNSが例年以上によく「燃えた」。タレントのうっかり暴言投稿、アナウンサーの「おじさん差別」発言......思い返せばキリがない。 【写真】ヒヒは自分より弱い個体を攻撃してストレスを解消する また、炎上に限らず政治的主張、カルチャーの解釈、スポーツの見方......あらゆるところで「正義」と「正義」が対立し、衝突し、議論というにはあまりに攻撃的な罵(ののし)り合いが日々起きている。 橘玲氏の最新刊『DD(どっちもどっち)論 「解決できない問題」には理由がある』(集英社)では、こうした罵り合いに多くの人が飲み込まれていく理由、そしてそこから抜け出すために必要な「DD(どっちもどっち)」的な物の見方・考え方が、さまざまな事件や社会的事象を通じて提示されている。 日本のリベラルが「民族主義の一変種」であると断じたインタビュー第1回に続いて、今回のテーマは「SNSという地獄」。炎上を引き起こしているのはどういう人なのか? * * * ――本書には「SNSはみんなが望んだ『地獄』」というパートがあります。確かにSNSで起きる罵り合いや炎上は、「DD(どっちもどっち)」的な考え方とは真逆の善悪二元論がもとになって生まれ、燃え広がっているような気がします。 橘 SNSにおける議論や炎上騒ぎに参加する人のほとんどが、相手を「悪」と決めつけて批判すれば、「私が悪かったです」と相手が認めて謝罪し、物事が良くなると思っています。しかしこれは、まったくの誤解です。相手もまた自分のことを「善」だと思っていることを想像できていない。 「どっちもどっち(DD)だから落とし所を見つけよう」とか、「単純な問題ではないからどっちも我慢して知恵を絞らないといけない」とか、そういうことを考えるのは、ものすごく認知的なコストがかかります。それに耐えられる人は決して多くない。だからもっとシンプルな、「自分が善の側に立って悪を叩く」という物語に引きずられていくのでしょう。 ――本書にも書かれていますが、「DD(どっちもどっち)派」は対立している両方の陣営から嫌われそうです(苦笑)。 橘 たしかに、インフルエンサーになりたければ、DDよりもどちらの立場かをはっきりさせたほうが確実にフォロワーを獲得できます。「親安倍」と「反安倍」の時代のことを考えても明らかで、「是々非々で判断しよう」というDD派はまったく影響力がありませんでした。 ――しかしその結果、SNSやネットニュースのコメント欄は殺伐とし、キャンセルカルチャーも加速しています。 橘 パリ五輪で体操女子の代表選手が喫煙発覚で出場辞退になった件は、まさにキャンセルカルチャーの犠牲だと思います。ルールを厳格に適用すべきだと確信しているのなら、日本体操協会は選手を処分すればよかっただけです。 それにもかかわらず、選手を日本に呼び戻して出場辞退を強要したのは、(自分たちではなく)選手が決めたことにして、SNSでの炎上の標的になるのを避けようとしたのでしょう。その結果、選手は処分が不満でも仲裁や裁判に訴えることができなくなってしまった。権力をもつ者のこうした責任逃れは、きわめて不公正です。