【橘玲『DD論』インタビュー第2回】仕事がデキるのは「DD」な人。そうではない人がSNSでモンスターになる
――体操協会の対応はいかにも責任逃れという感じではありましたが、逆に言えばそれだけ「炎上」が怖いともいえるのかもしれません。 橘 表立って言うのは好ましくないかもしれませんが、大ざっぱに言っておそらく人口の5パーセントは"話が通じない人"で、なかでも1パーセントくらいは"近づきたくない人"でしょう。ハラスメントの被害を受けるのはそういう人と遭遇したときですが、現実社会では多くの場合、避けることが可能でしょう。 しかし、日本のSNS参加者が仮に6000万人だとすると、そこには"話が通じない人"が300万人、"近づきたくない人"が60万人いることになります。SNSには地理的な境界や物理的な制約がありませんから、リアルな世界なら一生会わなくてすんだような人たちと遭遇する確率がものすごく上がってしまう。 調査でも明らかなように、ごく一部の人がネットニュースのコメント欄やSNSのリプライを炎上させています。インターネットには、これまでなら社会の片隅に押し込められていた「困った人」を可視化させる機能がある。さらには、こうした炎上をビジネスにしようとする人も現われて、ますますカオスになっていく。 ――そうやって「地獄化」がさらに進んでいくわけですね......。 橘 ただ、逆に言うと、「DD」的な人のほうが社会では成功すると思います。そういう考え方ができるのは、物事を俯瞰で見るための認知的な負荷に耐えられるからです。 会社の会議で年下の部下から「それっておかしくないですか」と言われたときに、DD的な人は「そういう見方もあるのか」と余裕をもって振る舞えますが、「善」と「悪」しかない人は自分が攻撃されたと思って逆上してしまう。どっちが評価されるかは明らかでしょう。 ヒヒの研究者によると、群れにおけるベータ(序列二番手)のオスがアルファ(序列一番手)のオスから攻撃されると、アルファに立ち向かうのではなく下位のオスをいじめるそうです。するとそのオスはさらに下位のオスを攻撃し、そのオスは自分より弱いメスのヒヒをいじめる。メスはどうするかというと、ほかのメスの子供に襲いかかるそうです。 強い者から攻撃されると反撃できず、ストレスレベルが上がって、その状態はすごく不愉快です。ところが、他者を攻撃するとストレスレベルが下がる。ストレスの不快感を解消する一番簡単な方法が、自分より弱い者を攻撃することなんです。 ――本当に身もフタもない話ですね(笑)。 橘 人間の世界でもそういうことってよくありますよね。けれど、社会がリベラル化するにつれて、衝動的に他者を攻撃する人は集団から排除されていく。そのいっぽうで、「相手の言い分も一理ある」と考えるような、複雑で抑制的な思考の負荷に耐えられる人が「仕事ができる」と評価され、尊敬される傾向は間違いなくあると思います。 逆に言えば、善悪二元論を振りかざしてネットで炎上騒動を起こしている人は、日常生活では自分の「正義」を否定されているのかもしれません。「ネトウヨは管理職が多い」と言われますが、日本の会社では、中間管理職は上からノルマを押しつけられ、下から突き上げられて、自らの「正義」を主張するのは難しそうです。 だからこそ、日ごろの鬱憤(うっぷん)を晴らそうとする人が、右翼にせよ、左翼にせよ、SNSではモンスターになって暴れているのかなと想像します。 ※第3回「世界は自由になり、多くの男は脱落し、女は幸福度が下がった」は9月4日(水)配信予定です。 ■『DD(どっちもどっち)論 「解決できない問題」には理由がある』 集英社 1760円(税込) 面倒な問題をまともに議論する気のないメディアへの信頼感が失われ、SNSではそれぞれが交わることのない「真実」や「正義」を掲げる。――そんな世の中ではとかく嫌われがちな、しかしそんな世の中にこそ必要なはずの【DD(どっちもどっち)】な思考から、日本や世界がいま抱えている社会問題に鋭く斬り込む