手放しで喜んでよいのか? いまの賃上げは日本人が自分で負担しているものなのに
賃金と物価のスパイラルは国を滅ぼす
前項で述べたプロセスも、玉突き的な物価上昇、つまりコスト・プッシュインフレであるという点では、第一段階での物価上昇と同じだ。 ただし、違いがある。それは、インフレが加速する恐れがあることだ。なぜなら、最初の賃金引き上げの効果が、物価上昇によって薄れてしまうからだ。だから、さらに高い賃金上昇率が求められる。こうして、物価上昇と賃上げのスパイラルが発生してしまう危険がある。 これは、1973年に生じた第一次石油ショックで、世界の多くの国が悩まされた現象だ。原油価格が上昇するために輸入物価が上昇し、国内物価が上昇する。これに対応するため賃金を引き上げる。労働組合が職種別組合になっている欧米諸国、とくにイギリスでは、この動きがことに顕著に生じた。その結果、イギリス経済は危機的な状況に陥ってしまったのである。
デマンドプルは生産性上昇に始まり需要の増大を伴う
今回の世界的インフレの発端は、2021年頃にアメリカで生じた賃金上昇だ。これはITなど先端分野において顕著に生じた。 コロナ禍でもITに対する需要は強かったため、この分野の専門的な技術者の賃金が上昇した。この結果、消費需要が増大し、インフレーションが生じたのである。これは需要の増加が価格の増加をもたらしたという意味で、「デマンドプル・インフレーション」と呼ばれる。 デマンドプル・インフレーションは、このように生産性の上昇に始まり、財・サービスに対する需要の増加、したがって、経済成長率の高まりをもたらす。その意味で、健全な形の物価・賃金の上昇だと言うことができる。「物価と賃金の好循環」とは、このようなプロセスだ。 それに対して、現在の日本の賃金上昇は、新しいサービスが開発されて、専門家の価値が高まったことが出発点になっているわけではない。つまり、生産性の上昇を伴わないものだ。物価が上がるから、賃金を引き上げざるを得なくなったのだ。そして、物価が上昇したために企業の利益が増加することによって、それが可能になった。後者は、賃金の上昇を転嫁したということである。つまり、最終的には消費者の負担において賃上げを行なっている。 なお、ここで「生産性」という言葉について注記しておこう。生産性とは、労働者一人当たりの付加価値である。付加価値とは、売り上げ-原価で表される「粗利益」にほぼ等しい。したがって、原価の上昇を売り上げに転嫁した場合においても、付加価値は増加する。ただし、本稿においては、技術開発や新しいビジネスモデルの導入によって売り上げ増大する場合だけを「付加価値の増大」ということにしている。