手放しで喜んでよいのか? いまの賃上げは日本人が自分で負担しているものなのに
自分が負担して自分の賃金を引上げる
結局のところ問題は、賃金上昇が何を原資として行われるかである。望ましい形の賃金上昇とは、新しい技術や新しいビジネスモデルによって労働者の生産性が高まり、それを反映して賃金が上昇するものだ。 それに対して、いま生じているのは、消費者の負担によって賃金を上昇させるメカニズムだ。多くの人々は賃金の受取り手であると同時に、消費者でもある。したがって、自分で負担して賃金を上げているにすぎない。だから、このプロセスによって格別に利益を受けるわけではない。 賃金が上昇しない人々は、物価上昇の影響だけを受ける。そして生活水準が低下する。こうした人々は、給与所得者の中でも、中小零細企業の勤務者に多い。また、フリーランサーや零細事業者など、取引上優位に立てない人々も、販売価格の引上げで賃上げを実現することなど、とても望めない。これらの人々が、ここで述べたメカニズムの最大の犠牲者だ。
野口 悠紀雄(一橋大学名誉教授)