釣り人、魚料理店主、タワマン住民……それぞれの豊洲市場移転問題
「食べてみた」の結果は?
夕まずめ(日没)の時間帯が過ぎ、夜のとばりが下りたちょうどその頃、真っ黒い水面に浮かぶ電気ウキが、ちょこんと動いた。10秒ほど間を置いて、スーッと、オレンジ色の光が淀んだ東京湾の海に沈む。「キタッ!」。H君は竿を立て、リールをカリカリと巻く。「おい、どうしよう。結構でかいよ、コレ」。ある程度重い魚を、水面から10メートル以上ある橋の上に抜き上げるのは困難だ。僕らはこの日、タモも持っていなかったので、もはや2人がかりで、1人がハリスを直接たぐって慎重に引き上げるしかない。H君がリールを少しずつ巻きながら僕がハリスをたぐり寄せる係をし、なんとか橋の上まで上げることができた。セイゴ(体長30センチ程度までのスズキの関東での呼称)としては最大級のサイズだ。
東京の都会の釣りで釣れるのは、このスズキとハゼ、メバルにカサゴといった根魚、あとはアナゴ、アジ、サバ、たまにチヌ(クロダイ)といったところだ。中でもスズキは、都心の岸壁からでも釣れる湾奥を代表する魚だが、先にも書いたように、食べる人はめったにいない。汽水域(海水と淡水の入り混じった水域)の汚染された環境に強いうえ、食物連鎖の上位にいるため、特に沿岸部に居着いている個体は臭いのだ。だから、東京では、ほとんどの人はルアーによるキャッチ&リリースのゲームフィッシングでスズキ(彼らはシーバスと呼ぶ)を狙う。
この晩僕らが豊洲市場前で釣りをしたのは、土壌汚染が取りざたされている土地の目の前の海で釣れた魚を食べて、「何か」を確かめるためだ。だから、あえて確実に釣果が期待できるエサ釣りを選択した。科学的な根拠のある調査ではない。これまで書いてきたような、都民の心情的な部分で、何かしらの「実感」が欲しかっただけだ。
実は、僕は2シーズンほどかけて、東京のシーバスが食べられる水域の限界を知るために、片っ端から「食べてみた」をやったことがある。お台場、晴海、築地、佃島、新木場、船堀、葛西臨海公園、羽田……全滅であった。川崎もダメ。横浜の金沢八景あたりまで行かないと、脂が重油臭いというかシンナー臭いというか……。川崎の工業地帯のメバルで腹を下したこともある。