釣り人、魚料理店主、タワマン住民……それぞれの豊洲市場移転問題
魚自体のイメージ低下を懸念
僕が少年時代の一時期を過ごした武蔵小山とH君の地元大森の間に、旗の台(品川区)という町がある。東急大井町線・池上線の駅の目の前にある『舟武』は、知る人ぞ知る釣り魚を出す人気店だ。二代目の佐々木隆吏(りゅうじ)さんは、僕らと同世代の45歳。実家はかつて代々芝浦で船宿をしていて、店は父が自分が生まれる直前に開いた。 「うちは羽田沖に海苔養殖場の権利も持っていたんですが、羽田空港の拡張工事に引っかかってしまったんですね。船宿の方はお客さんを船に乗せて、沖でキスなどを釣って、それを料理して食べさせたりしていたようです。当時は海の汚染もひどくなっていたので、拡張工事を機に陸(おか)に上がったと聞いています」。1971年に、H君の言う「もともとの陸地」にある品川区荏原町で魚料理屋を始め、2000年に今の場所へ移った。店内には、芝浦にいた時に使っていた古い漁船の櫓(ろ)が壁に飾られている。客にその由来を聞かれるたびに、昔の船宿時代の話をするのだという。 現在療養中の父は、大の釣り好きで、休みのたびに千葉の外房や相模湾で釣ってきた魚を店で出した。それが大好評で、以来、釣り物(竿と糸と針で釣りあげた魚のこと。定置網などで獲った魚よりも丁寧に扱われるため、味がいいとされる)を中心に出す魚料理の店として定着した。「現在も、外房の漁港から直に旬の魚を仕入れています。今の時期はイワシがオススメです。旬を迎えていて脂がすごく乗っているイワシは食べないと損ですよ」。店のメニュー看板には、ほかに、ヤガラ(体長2メートルにもなる細長い魚)、カイワリ(シマアジに似た味覚のアジの一種)といった、市場ではなかなか見かけない名前が並んでいた。 産直がほとんどとはいえ、店としてやっていくには築地と全く無関係とはいかない。カキや加工品など一部の商品は築地から仕入れる。「移転の間は市場を休むことになるでしょうから、心配ですね。うちは千葉がメインなので影響はないと思いますが、困るところは少なからず出てくるでしょう。それよりも怖いのは、汚染水問題や移転をめぐるゴタゴタで、魚自体に悪いイメージがつくことです」。無害化は無理だとしても、このまま宙ぶらりんではますますイメージは下がるばかりだと隆吏さんは懸念する。