釣り人、魚料理店主、タワマン住民……それぞれの豊洲市場移転問題
外国人観光客らの築地への思い
『舟武』の佐々木隆吏さんには、築地を「食のテーマパーク」にする計画についても、意見を聞いてみた。「観光資源にするということですよね。『築地』というブランドはあっていいと思います。うちにも、外国人のお客様がみえますが、魚を扱っている店としては(東京の魚の)ブランド力が高まった方が良いと思います」。 では、当の観光客の「築地ブランド」「食のテーマパーク」に関する反応はどうだろうか?築地の場外で聞いたコメントを紹介しよう。 ・「築地は台湾でも有名で、皆来ます。もし、豊洲にチェンジしても、より便利に買い物できるなら構わない。」(台湾から観光に来た35歳と25歳のカップル) ・「築地には、魚を切るナイフやフォークを見に来ました。日本人の魚の切り方も見て、今後のビジネスに生かしたい」(ベトナムの44歳男性。食品設備などの施工会社を経営) ・「日本に来る前から築地のことは本で知っていた。ぜひこの目で見たかったので来ました。中米のマーケットのように多くの人と匂いであふれていますね。豊洲市場?(しばしポカンとして)知りません」(グアテマラから5人家族で観光に来た20代女性) ・「観光面ではこちら(築地)の方がいいのでは?初めて来ましたが、まるで東南アジアの市場のように活気がありますね。機能面なら豊洲の方がいいと思います。テーマパークはいらない。ここがあるから」(静岡県から観光に来た70代・60代の夫婦と40代の娘) ・「東京に来る時に場外は外せないね。昔より外国人が増えたね。でも、ここは老朽化しているという話なので、時期的に(移転は)やむを得ないのでは?場外市場がこのまま残るのなら良いと思います。テーマパーク?いいんじゃないですか。何をするのかピンとこないが」(長野県の60代男性)
「不透明性」は一概に悪いことではない
海辺にあるからといって、今は築地でも船による輸送はほとんどしていない。豊洲市場も海上輸送はほとんど想定していない。再びH君がウキを見つめながら言う。「昔よく行っていた日本橋の料理屋の大将は、自転車で築地に仕入れに行っていたよ。まだそういう魚河岸的な風情が築地には残っているよね。今は海辺に市場を置く必然性はないかもしれないけど、土地があるからといって、多摩の方に作って誰が行く?交通の便を考えたら、23区の都心寄り。その条件で土地があるのはこの辺しかないよ」 橋の上から陸側に目を向けると、豊洲のタワーマンション群が誇らしげに光を放っていた。「じゃあ、豊洲が都心かというと、今はマンションができたからそうなっているだけで、もともとは僻地だからね。豊洲市場になったら、徒歩や自転車(で買い付けに来ること)は多分、ないでしょう」 近年の築地から豊洲エリアにかけてのマンション開発は著しいものがある。オリンピック関連の施設とともに、まさに建設ラッシュの様相だ。今、僕とH君が立っている橋から環状2号線を築地方面に進むと、すぐに行き止まりになる。豊洲市場への移転が一時頓挫した影響もあり、未開通部分が今も残っているのだ。 築地市場の対岸にある環状2号線予定地脇のタワーマンションに住む会社員Sさん(40代男性)にも、話を聞いてみた。「環状2号線、早く開通してほしいですね。これができれば会社まで歩いて行けるから」。現在の職場に移ってから築地市場を見下ろすタワーマンションに夫婦で移り、子育てをしてきた。一人息子は今、小学2年生だ。豊洲市場の土壌汚染問題は、このあたりの埋立地を調査すれば似たり寄ったりの結果が出ると考えている人もいる。「そういう土地かもしれないけれど、ここで子育てをする不安感は全くないですね。福島第一原発事故の時はさすがに少し心配だったけれど、生活者感覚ではコンクリートの下の土壌汚染までは気にならない。でも、『本物の地面』がないのは寂しいかな。だから、たまに妻の実家がある長野県に行くとホッとするというのはありますね」 Sさんは、高校時代をカナダで過ごした帰国子女だ。「移転をめぐるゴタゴタからは、日本的・アジア的な不透明なプロセスが見えます。でも、それは一概に悪いことではないと思うんですよ。その方が(日本社会において物事が)スムーズに流れるのであれば、そして、結果オーライならいいと思います。公平性を担保するあまり、社会が求める道徳性が阻害されることもありますからね。知事はあまりにも正論にこだわりすぎたんじゃないかな」