大阪の酉年は何があった? 堺筋・阪急乗り入れ、駅前第4ビル完成など
1981年:大阪駅前第4ビルが完成
36年前の1981年(昭和56)4月、ニュートラム中ふ頭~住之江公園間が開通。大阪港の新しい情景が生まれた。1903年(明治36)大阪市電が初めて走ったのも、花園橋~築港桟橋間だった。大阪では海や港から新風が吹き込む。 5月、中之島公園にバラ園誕生。6月、大阪市がイタリア・ミラノ市と姉妹問提携。靱公園内に作家梶井基次郎の文学碑がお目見え。名作「檸檬」で知られる梶井は、同公園のある大阪市西区で生まれた。 10月、大阪駅前第4ビルが完成。駅前再開発に伴う4つのビルが揃った。地下の飲食店街を歩くと、立ち飲み、洋食、串かつ、カレーうどんなど、大衆的な名店がにぎわう。バイオリンや手芸用品などの専門店も愛好者に人気だ。同月、府下公衆浴場の入浴料が値上がりし、大人190円になった。
1993年:彫刻作品で御堂筋に芸術の香りを
24年前の1993年(平成5)、「御堂筋彫刻ストリート」プロジェクトが着々と進んだ。内外の作家による彫刻作品を御堂筋の歩道に沿って設置。大阪のメインストリートである御堂筋に、アーティスティックな雰囲気を醸成しようという継続的事業だ。 御堂筋は都心部を南北に貫く。大阪の背骨であり、大動脈でもある。昭和初期に花開いた大大阪時代の都市改造断行で実現した。半面、経済活動一点張りになりかけた御堂筋に、いかにして芸術文化の香りを取り戻すか。御堂筋再生の取り組みは今も続く。 1月の大阪国際女子マラソンで大阪勢の浅利純子選手(ダイハツ)がトップでゴールイン。3月の大相撲大阪場所では小結若花田(後の横綱若乃花)が初優勝を飾った。 8月、難波宮朱雀門の遺構が発掘された。朱雀門は難波宮のメーンゲートで、難波宮の 壮大な建築様式が改めて証明された。 12年前、2005年(平成17)のペナントレースは、阪神ファンには忘れられないはずだ。岡田阪神が2年ぶりのリーグ優勝を決めた。金本(現監督)、今岡、赤星らが攻め続け、下柳、井川、藤川らの投手陣が守りを固めて逃げ切った。トリ年に再び羽ばたき、優勝の天空への飛躍を望むファンも多いことだろう。 (文責・岡村雅之/関西ライター名鑑)